翻訳|chorea
自分の意志で抑制できない,急速かつ不規則で不調和な不随意運動が,体の一部または全部の筋肉に起こるもので,患者の歩行が舞踏のようにみえるのでこの名がある(英名choreaはギリシア語でコロスの舞踏を意味するchoreiaに由来する)。シデナム舞踏病,ハンティントン舞踏病が代表的であるが,そのほかにも症候として舞踏病様不随意運動を呈する疾患がいくつかあり,舞踏病という言葉は病名として用いられるばかりでなく,このように症候を示す場合にも使われることがある。
イギリスの医師T.シデナムにより1684年初めて記載されたもので,小舞踏病chorea minorともいわれる。溶連菌感染によるリウマチ熱に伴うものが多いが,抗生物質の普及とともに近年は非常にまれになってきている。ほとんどが5~15歳の小児期に発症し,女児に多い。多くは落着きがない,怒りやすいなどの情緒障害に続いて不随意運動が出現する。ご飯をこぼすなどの日常生活動作の異常,発音・発語障害,歩行障害などにより気づかれることが多い。不随意運動は全身のどこにでも出現するが,四肢近位部や体幹には比較的少ない。興奮時や外界からの刺激により増強し,睡眠で消失する。重篤な合併症がなければ,数ヵ月以内にほぼ完全に治癒する良性な疾患である。治療としては安静を保つことが基本である。クロルプロマジンやバルビタールは不随意運動を減少させる。またリウマチ熱に対してはペニシリンを投与することもある。
1872年アメリカのハンティントンGeorge Huntington(1851-1916)により記載されたもので,慢性進行性舞踏病ともいわれる。常染色体性優性遺伝病であり,通常は30代後半以後に発症し,不随意運動と精神症状を主徴とする。不随意運動で発症するものが多いが,精神症状が先に出現することもある。不随意運動は四肢,体幹および顔面,口,舌などにみられ,言語も不明りょうとなる。歩行はあたかもダンスをしているかのように見える。このような不随意運動は緊張時に増強し,睡眠時には消失する。小児の場合などではときに著しい筋硬直を示すものがある。精神症状としては,人格変化,記憶障害,知能障害,集中力低下などがみられる。自殺もまれではない。末期には起立,歩行も障害され,知能も高度に障害されて,日常生活全般にわたって介助を必要とするようになる。病理学的には,脳全体の萎縮が認められ,とくに尾状核と被殻の著しい萎縮・変性とこれらの部分の小型神経細胞の消失,大脳皮質の神経細胞の消失が重要である。
診断は上記の臨床症状および遺伝歴による。脳のCTスキャンや気脳撮影では,尾状核の萎縮による側脳室の特徴的な拡大が認められる。原因は不明である。最近,大脳基底核において,神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸およびその合成酵素であるグルタミン酸脱炭酸酵素が著しく低下し,同じく神経伝達物質であるアセチルコリンの産生酵素であるコリン・アセチル転移酵素が減少していることが見いだされており,これらは本症の病態と密接に関与しているものと思われる。根本的な治療法はない。不随意運動に対してハロペリドール,クロルプロマジン,ペルフェナジン,ジアゼパムなどが用いられる。
以上のほかに,はしか,ジフテリアなどの伝染性疾患,妊娠,一酸化炭素中毒,全身性エリテマトーデス,赤血球増多症などに伴い,症候性の舞踏病様不随意運動をきたすものがある。大脳基底核の血管障害のために,中高年者に片側の舞踏病様運動が急に起こることがあるが,これは片側舞踏病hemichoreaといわれる。また60歳以上の高齢者において,舞踏病様運動で発症し,知能障害はなく遺伝関係もみられず,病理学的には尾状核と被殻の比較的軽い神経細胞の変性がみられるものがあり,老年性舞踏病といわれている。
執筆者:楠 進
ローマ時代,プルタルコスの伝えるところによれば,ミレトスに疫病のうわさが広まったとき,少女たちが突如として集団舞踏病に感染し,狂ったように踊りつづけ,恍惚状態のはて,そのうち何人かが集団自殺したという。とくに中世ヨーロッパに流行した舞踏病は,現代医学でいう舞踏病choreaとは別のもので,1027年ドイツのコルウィヒという村で原発したといわれ,患者はいきなり狂躁的な発作に襲われて踊り狂い,意識を失い,腹部がふくれあがり,やがて昏睡におちいり,ついには死に至り,生きながらえたものはパーキンソン症候群に似た震えを残したといわれる。1237年にはドイツのエルフルトで,1000人もの子どもたちがこれに襲われ,またペスト(黒死病)時代の1374年には同じドイツのアーヘンに起こり,オランダに伝染し,ケルンだけでも500人,メッツでは1000人が踊り狂ったという。こうした踊り狂う奇病は,〈聖ウィトゥス(ファイト)の踊り〉ともいわれ,ブリューゲルの作品でも知られる。
15世紀には南イタリアで,タランチュラというクモに刺されて起こると信じられたタランティズモtarantismoと呼ばれる舞踏病が知られる。こうした流行性舞踏病は,18世紀に一時再燃したあと,歴史から消えた。これらがいずれも同じ病因,病理であったとは考えられないが,おそらく共通していえることは,政治的不安,経済的混乱,性的抑圧それに疫病流行などの時代環境が生んだ心因性の集団ヒステリーと考えられる。あるいは身体的症状からして,なにか脳炎に似た中枢神経系に起こる感染症が,こうした時代環境と相乗して発生した,とも推理され,そしてこれに最も感染しやすかったのが,社会的に抑圧されていた子どもと女たちであった。
→死の舞踏
執筆者:立川 昭二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
唐突におこり、速く、不規則に繰り返す不随意運動を主体とする錐体(すいたい)外路系の病気の一つで、不随意運動によって踊るような歩き方をするので舞踏病とよばれる。
急性に発病し、治癒傾向のあるシデナム舞踏病(小(しょう)舞踏病)と、慢性進行性のハンチントン病が代表的である。シデナム舞踏病は主として小児期にみられ、女児に多く、心内膜炎を合併することもあり、溶血性連鎖球菌によるリウマチ熱と関連があると考えられている。自然治癒するものが多いなど、経過は概して良好であるが、妊娠時に再発することもある。ハンチントン病は多くは中年期以降に発病する遺伝性疾患で、慢性進行性に経過し、精神知能障害を伴う行動異常を呈し、随意運動ができなくなり、全身衰弱となる。
舞踏病にはこのほか、妊婦におこる妊娠性舞踏病、有棘(ゆうきょく)赤血球増加症にみられる舞踏病、ウイルスなどによる脳炎・結核・梅毒など感染性疾患による舞踏病がある。
[海老原進一郎]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…なかには正反対の病態を示すものもある。たとえば,線条体の病変では舞踏病のような不随意運動を生ずるが,これは運動の過多現象,すなわち過動症hyperkinesiaである。過動症にはこのほか,アテトーシスやジストニーなどがあるが,いずれも意志の力では止めることのできない異常運動である。…
※「舞踏病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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