日本大百科全書(ニッポニカ) 「集団ヒステリー」の意味・わかりやすい解説
集団ヒステリー
しゅうだんひすてりー
集団の成員の1人の感情や思考が他の成員に伝染し、身体症状や精神的興奮や恍惚(こうこつ)状態などの精神症状が生ずることをいう。もともとは中世のヨーロッパ、とくにドイツやフランスで、多くの人々が一団となって熱狂的なダンスに陶酔し、身体的にけいれんをおこし幻覚をも伴った没我状態に陥った集団行動のことをいった。こうした行動は悪魔に取り憑(つ)かれたものと一般にはみなされていたが、スペインやイタリアでは毒グモ・タランチュラにかまれて狂乱したものとみなされた。このような没我的な集団的ダンス(舞踏病)は、中世のヨーロッパに限られたことでなく、時代と所を問わず至る所でみられる。中世の集団ヒステリーは、当時の社会的不安、恐怖(たとえば伝染病の流行、気象の異変による天災、政治経済的混乱など)を背景にして起こったものであり、転換ヒステリーにおける身体症状と同じようにダンスそのものが通痢(カタルシス)的効果をもっていたことは確かである。また、集団的に一体となることで不安からの解放を求めていたと解すこともできるが、ただ病理的な不安の表出というだけでなく、社会的な改革運動の動機も含まれていたと考えられる。もっとも未熟な抗議運動の一種と考えるべき問題も含まれている。こうした集団行動が集団ヒステリーとよばれるのは、集団の成員がヒステリーのように暗示を受けやすく、集団がその成員の行動に同調する特質をもっているからである。
日本でも、江戸中期以降にみられた世直しの踊りは一種の集団ヒステリーである。いつの時代においても律動的な音楽につれて呪文(じゅもん)やお題目に類したものを唱えて踊り狂い、陶酔した没我状態になる集団行動がみられるものである。
[外林大作・川幡政道]
『フロイト著、小此木啓吾訳「集団心理学と自我の分析」(『フロイト著作集6』所収・1970・人文書院)』▽『角間隆著『マス・ヒステリーの研究――民衆の踊らせ方の法則』(2001・角川書店)』