錐体外路
すいたいがいろ
一般には錐体路系以外の運動性伝導路の総称である。錐体路は骨格筋の精緻(せいち)な運動を随意的に行う運動系であるが、その錐体路系の運動に伴う筋の緊張、弛緩(しかん)などの運動を反射的に、また無意識的に調節しているのが錐体外路系である。したがって、錐体路系が発達している哺乳(ほにゅう)動物以外の脊椎(せきつい)動物では、この錐体外路系が重要な運動性伝導路となっている。しかし、錐体外路系はその構成、機能から考えても明確な定義を下すことは困難である。この錐体外路系の名称は「錐体外路系疾患」ということばから生まれたものである。イギリスの神経科医ウィルソンA. K. Wilson(1878―1936)は肝臓とレンズ核(大脳半球の深部にある灰白質の塊)に変性のある運動障害患者に対して初めて「錐体外路系疾患」の語を用いた。
錐体外路系に属すると考えられる中枢神経系の部分は広範にわたっており、大脳皮質、間脳視床、大脳基底核、視床下核、小脳、中脳の赤核と黒質、脳幹網様体、中脳被蓋(ひがい)、オリーブ核、前庭神経核などが含まれる。大脳基底核とは解剖学的には尾状核、被殻、淡蒼(たんそう)球、扁桃(へんとう)体(扁桃核)をいうが、尾状核と被殻とをまとめた線条体と淡蒼球とがとくに中枢的役割を占めている。解剖学者平沢興(こう)によれば、錐体外路系は(1)皮質錐体外路系、(2)線条体淡蒼球錐体外路系、(3)小脳錐体外路系、(4)中脳脊髄錐体外路系、(5)末梢(まっしょう)錐体外路系の五系統に整理されている(1935)。これらの系統の連絡はきわめて複雑であるが、大脳皮質はほとんどその全葉が関与し、線条体、淡蒼球、間脳視床、中脳被蓋、橋(きょう)、脳幹網様体あるいは小脳などと直接・間接に線維連絡がある。錐体外路系の疾患の症状は精神的興奮によって高まることから、これらに大脳皮質の関与も考えられるわけである。線条体淡蒼球部分は錐体外路系の中枢部分としてウィルソンが最初に重要視した部分であるが、その後線条体、淡蒼球、赤核、黒質、視床下核などが錐体外路系の中枢的役割を果たすとされ、錐体外路系の機能は線条体系の機能ともいえる。また、小脳は全身の骨格筋の筋緊張や運動反射を自律的に調節している運動中枢であるが、これも錐体外路系の重要な部分となっている。錐体外路系の運動は健常な状態では錐体路系の運動と協調的に働くので表面上は現れないが、錐体外路系の障害によって異常運動が発現する。たとえば、線条体部分が冒されると舞踏病やアテトーシスという緩慢でねじれるような不随意の異常運動がおこるし、淡蒼球や黒質の病変ではパーキンソン病の症状が現れる。
[嶋井和世]
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錐体外路 (すいたいがいろ)
extrapyramidal tract
横紋筋を支配する体性運動神経系の中枢伝導路から錐体路を除くすべての部分の総称。この術語の内容は研究者によって異同がある。つまり,運動野以外の大脳新皮質,大脳基底核,視床外腹側核,視床腹部,赤核,視蓋,間質核,黒質,小脳,橋核,前庭核,オリーブ核,脳幹網様体などの構造物と,それらから出る中枢伝導路を指すのが最も広い内容である。一方,これらの構造物のうち直接に脊髄運動神経細胞と結合をもつ構造物とその伝導路,つまり赤核脊髄路,間質核脊髄路,視蓋脊髄路,前庭脊髄路,網様体脊髄路を指すのが最も狭い内容である。
錐体路の命名者がチュルクL.Türck(1851)であるのに対し,錐体外路の命名者はドイツの病理学者プルースJ.Prus(1898)といわれる。彼は大脳皮質を電気刺激して惹起される皮質性てんかんがどのような伝導路で脊髄に伝達されるかをイヌで検索した。大脳脚や延髄錐体を両側性に切断しても皮質性てんかんが誘発されるのに対して,中脳被蓋を両側性に破壊した場合には決して発作は起こらなかった。この実験からプルースは,錐体路とは別に大脳皮質から脳幹被蓋を経由して脊髄に到達する伝導路を想定し,これに錐体外路の名称を与えた。それ以来,錐体路・随意運動,錐体外路・不随意運動という図式が定着した。
近年,閃光を見せて数秒以内に手でレバーを引くように条件づけられたサルの脳のさまざまな部位に電極を植え,これらの電極からの活動電位を指標として,閃光を見て手が動くまでに作動する神経回路として少なくとも次の2系列が予想されるに至った。一つは網膜→大脳皮質視覚野→橋核→小脳→視床腹外側核→大脳皮質運動野→脊髄運動神経細胞。もう一つは網膜→大脳皮質視覚野→大脳基底核→視床腹外側核→大脳皮質運動野→脊髄運動神経細胞。これらの神経回路は,物を見て手を動かすという随意運動においても錐体外路が関与していることを示している。体性運動神経系は形態的・機能的観点から概念の再編成の時期にさしかかっている。
→大脳基底核
執筆者:金光 晟
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錐体外路【すいたいがいろ】
体性運動神経系の中枢伝導路のうち,錐体路以外のものの総称。錐体外路の起点である灰白質は線条体,淡蒼(たんそう)球,視床下核,赤核その他の大脳核,小脳の歯状核などが主体で,その他大脳皮質,小脳皮質,中脳から脊髄の網様体などが関係する。錐体路が随意運動をつかさどるのに対し,錐体外路は不随意運動の経路とされてきたが,近年随意運動にも錐体外路が関係することが明らかになっている。
→関連項目心身症|錐体外路障害|脊髄伝導路
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錐体外路
すいたいがいろ
extrapyramidal tract
大脳皮質から脊髄に向って下行する運動経路のうち,錐体路以外のものをいう。骨格筋の緊張と運動を反射的,不随意的に支配する働きをし,随意運動を支配する錐体路と協調して働く。錐体外路系が障害を受けると,不随意性の運動が自発するようになるとともに,随意運動もうまくできなくなる。系統発生的にみると,錐体路系が哺乳類になって初めて付加された特殊な運動系とされるのに対し,錐体外路系は古く,鳥類以下の運動はもっぱら錐体外路によってなされている。
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世界大百科事典(旧版)内の錐体外路の言及
【運動】より
…大脳基底核は,これらの運動を円滑に遂行させるのに必要な身体全体の姿勢と各筋肉の筋緊張を調節する。[運動野](4)錐体路と錐体外路 [錐体路]は大脳皮質の運動野から途中で[シナプス]を介さずに脊髄前角の運動ニューロンに至る経路で,延髄の腹側の錐体を通り大部分の繊維は交叉して反対側の脊髄を下行する(図5)。しばしば皮質脊髄路ともいわれるが,錐体路の中には脳幹の脳神経核の運動ニューロンに至る経路も含める。…
【大脳基底核】より
…前障は島皮質の一部であり,扁桃体は側頭葉皮質から発達したとする見方があったからである。しかし,これらの構造物の神経結合と機能が明らかにされるにつれ,扁桃体と前障は海馬や視床下部とともに大脳辺縁系の一環として論じられ,一方,[錐体外路]系としての尾状核,被殻,淡蒼球は視床下核(ルイ体),黒質,赤核などとともに論じられるようになった。しかも後者の系列を論じる際に大脳基底核の術語が用いられるため,大脳基底核は大脳における錐体外路系皮質下構造物を指す傾向が強くなった。…
※「錐体外路」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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