コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

般舟三昧院 はんじゅざんまいいん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

般舟三昧院
はんじゅざんまいいん

京都市上京区にある天台宗の寺。略称は般舟院。康和年間 (1099~1104) に藤原基頼が建立した安楽行院を,文明3 (1471) 年に深草から伏見に移し,のちさらに豊臣秀吉文禄3 (1594) 年に現地に移築したもの。もとは天台,密教,律,浄土教の4宗兼学の道場であったが,のちに天台宗に属した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

はんじゅざんまいいん【般舟三昧院】

京都市上京区にある天台宗の寺。指月山と号し,通称は般舟(はんじゆう)院。皇室由緒寺院で,もとは伏見にあり,後土御門天皇が離宮の伏見殿を勅願寺に改めて1479年(文明11)に開創された。当初は真言・律・天台・浄土(禅ともいう)の四宗兼学で,戦国期の歴代天皇生母の墓所となった。だが,伏見築城により,1595年(文禄4)豊臣秀吉の命で現在地に移建。江戸期の寺領150石。天皇や女院の中陰以下の法要が泉涌寺のほか当寺でも営まれ,天皇家の保護は明治維新まで続いた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

般舟三昧院
はんじゅざんまいいん

京都市上京(かみぎょう)区般舟院前町にある天台宗(延暦寺(えんりゃくじ)末)の寺。指月(しげつ)山と号する。略称般舟院。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。後土御門(ごつちみかど)天皇(在位1464~1500)が幼時滞在し、即位後、二尊院の第13代円慈恵篤上人善空(しょうにんぜんくう)に菩薩戒(ぼさつかい)を受けたところである伏見(ふしみ)殿に仏閣を建立して、勅願寺としたと伝える。天台・真言(しんごん)・律・禅(または浄土)の四宗兼学の道場。1595年(文禄4)豊臣(とよとみ)秀吉が伏見城下から現在地へ移転させた。江戸時代は朱印寺領150石。歴代二尊院住持の兼務であった。歴代天皇の位牌(いはい)を安置したが、明治時代に泉涌寺(せんにゅうじ)に移された。本尊木造阿弥陀如来像は慈覚大師作と伝え、木造不動明王坐像(ざぞう)とともに平安時代の作で国重要文化財に指定されている。後柏原(ごかしわばら)・後土御門・後奈良(ごなら)天皇の各母后の墓などがある。[田村晃祐]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の般舟三昧院の言及

【常行堂】より

…阿弥陀仏を本尊とし《般舟三昧経(はんじゆざんまいきよう)》にもとづいて常行三昧(じようぎようざんまい)を勤修する堂舎。常行三昧堂,般舟三昧院,阿弥陀三昧堂ともいう。最澄は延暦寺に四種三昧院建立を企図したが実現せず,3代天台座主円仁が唐の五台山に念仏三昧の法を学び,帰朝後,叡山東塔虚空蔵尾に初めて常行三昧堂を建て,不断念仏を修し,しだいに各地にひろがった。…

※「般舟三昧院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

般舟三昧院の関連キーワード源朝子常行堂