能の曲名。三番目物。金春(こんぱる)禅竹作か。シテは式子(しきし)内親王の霊。旅の僧(ワキ)が都の千本(せんぼん)の辺で時雨にあい,雨宿りをしていると,そこへ若い女(前ジテ)が現れて,ここは藤原定家(ふじわらのさだいえ)が建てた時雨の亭(しぐれのちん)だと教え,昔を懐かしむかにみえる。女はさらに僧を式子内親王の墓に案内する。もと賀茂の斎院だった内親王は,定家との世を忍ぶ恋が世間に漏れたため,二度と会えないようになったが,定家の思いは晴れず,内親王の死後もつる草となって内親王の墓にまといつき,内親王の魂もまた安まることがなかったと女は物語り(〈語リ・クセ〉),自分こそその式子内親王だが,今の苦しみを助けてほしいといって墓の中に消える。僧が読経をして弔うと,やせ衰えた内親王の霊(後ジテ)が墓の中から現れ,経文の功徳で少しの間苦しみが和らいだという。内親王は報恩のためにと舞を舞うが(〈序ノ舞〉),やがてもとの墓の中に帰り,再び定家葛(ていかかずら)にまといつかれて姿が見えなくなる。
前場の中心に居グセ,後場の中心に序ノ舞を据えた典型的な構成の本三番目物だが,邪恋が死後の苦しみを招くという深刻な内容で,しかも主人公が高貴な女性であるため,格別重く扱われている。後ジテには瘦女(やせおんな)という特殊な面を用いる流派が多い。
執筆者:横道 万里雄
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能の曲目。三番目・鬘(かずら)物。五流現行曲。古くは「定家葛(ていかかずら)」とも。金春禅竹(こんぱるぜんちく)作。『新古今和歌集』を代表する歌人、式子(しょくし)内親王と、藤原定家との間に秘密の恋があったとする設定である。抑圧された恋の執心を描いて、深刻、かつもっとも優れた能の作品。旅の僧(ワキ・ワキツレ)が都に着き、おりからの時雨(しぐれ)に、一つの庵(いおり)に立ち寄る。女(前シテ)が呼びかけ、そこが定家の時雨亭(しぐれのちん)の旧跡と教え、荒れ果てた情景を描写する。やがて女は式子内親王の墓の前に僧を導き、弔いを頼む。2人の恋が世に知られ、会うことのできなくなった抑圧はあの世まで持ち越され、定家の執心は死後も葛となって墓を覆っている。女は尽きることのない互いの苦しみを救ってほしいと訴え、自分がその亡霊と名のって墓に消える。僧の祈りに、内親王の亡霊(後(のち)シテ)の姿が浮かび、経文の功徳(くどく)で葛の呪縛(じゅばく)から解かれたことを喜び、重い足を引きつつ報恩の舞をまうが、ふたたびその墓は定家葛に覆われて暗い結末で終わる。品位と陰惨さの重層の表現が至難で、重く扱われる能である。前シテも若い姿か、中年の扮装(ふんそう)にするか、後シテもやせ衰えた姿か、内親王の品格を主眼とするか、さまざまの演出の主張がある。
[増田正造]
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