改訂新版 世界大百科事典 「花御所」の意味・わかりやすい解説
花御所 (はなのごしょ)
1378年(天授4・永和4)足利義満によって京都に造営された将軍邸。その敷地は,北は柳原通,南は北小路(現在の今出川通),東は烏丸通,西は室町通によって囲まれた南北2町,東西1町であった。西側の室町通を正面にしていたため,〈室町殿〉とも呼ばれ,ここに住んだ将軍をも室町殿と称するようになり,その時代が室町時代と呼ばれるもととなった。この土地は,もと室町(四辻)季顕の邸宅であったものを将軍足利義詮が買得し,崇光上皇に寄進し仙洞御所となっていたが,1377年2月に火災にあったのを機会に足利義満がもらいうけ,同じ火災にあった菊亭公直の屋敷地と併せて邸地としたものである。この室町殿が〈花の御所〉と呼ばれたのは,多くの花木が植えられていたためであるが,そのようすを《南方紀伝》は〈春三月,将軍花亭に移徙(いし)す,室町殿と号す,その館の内,多く名花を種す,ゆえに時の人,花の御所と称す〉と記している。ただ三条公忠の日記《後愚昧記》によると,この焼亡した仙洞御所を〈伏見殿(崇光上皇)御所,花の御所と号す,元(室町)季顕卿宅〉と説明しており,以前から花の御所と呼ばれていたことがわかる。1476年(文明8)焼亡。
執筆者:黒川 直則
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報