コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

若林奮 わかばやしいさむ

3件 の用語解説(若林奮の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

若林奮【わかばやしいさむ】

彫刻家。東京生れ。東京芸大卒。1960年二科展入選。1973年神奈川県立近代美術館で個展。1980年,1986年ベネチアビエンナーレに出品。1987年東京国立近代美術館,1988年北九州市立美術館で個展。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

若林奮 わかばやし-いさむ

1936-2003 昭和後期-平成時代の彫刻家。
昭和11年1月9日生まれ。35年二科展に出品。現代日本彫刻展や神戸須磨離宮公園現代彫刻展で受賞。55年,61年ベネチア-ビエンナーレに出品。鉄,銅,真鍮などをもちいた金属彫刻を制作。50年武蔵野美大助教授,のち教授。平成8年中原悌二郎賞。15年芸術選奨。平成15年10月10日死去。67歳。東京出身。東京芸大卒。作品に「100粒の雨滴」「残り元素」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

若林奮
わかばやしいさむ
(1936―2003)

彫刻家。東京生まれ。1959年(昭和34)東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。鉄塊・鉄板などを加工し、その磨いた部分や鉄錆などに異種の素材を合体させて、抽象的な立体彫刻を制作する作家として知られる。
 一般に彫刻作品は、空間を指示するために量塊(ボリューム)をさまざまな素材によって立ち上げる。しかし若林の場合は、その物体を構成する物質に関心が向いており、それらが結合して資源材となり、さらに二次素材(製品)に変化していくプロセスを重視する。すなわち若林は、空間を立ち上げて視覚にショックを与えるような彫刻のあり方に重心を置くのではなく、個人的な記憶の断片にある風景をイメージの源泉としている。その出発点に子供時代、実家の工場が焼失した跡にころがっていた、焼けただれた無残な硫黄や鉄の記憶が原風景としてあった。また彫刻科への進学は、子供のときから飛行機の形に興味をもっていたためで、大学卒業後に自動車のデザインにも関わった。そこで自動車の外側の形と内側の細かな機能との対立に注目し、外の殻が内側を包む構造に自然と社会との関係を重ね、彫刻制作の再認識と実験へと結びつけた。
 動物や人間などの有機体を思わせる寓意的な形態を、鋳造したり、鉄を叩いて変形させる『不透明・低空』(1969)などの60年代の作品は、そういった対立する関係を組み合わせた作品だった。70年代以降の、複数の素材を使用する「振動尺」シリーズなどでは内省的で緊密なオブジェ制作に進んだ。それは有機体でも工業製品でもない何ものかであり、見る者に物質のもつ静謐な実在感を呼び起こす。その独特の物質観にもとづく作品は、鉄材に手を加えて鉱物のもつ重厚さを際立たせつつも、有機的な生命の流れがそこに宿るという、相反するイメージを備えている。
 この特異なモチーフは、活動初期から制作されたドローイング作品にも表れており、彫刻作品とドローイングをセットにしてみると、若林の彫刻をめぐる思考がより明らかになる。植物の成長と風景とが分かちがたく絡みあった夢の記述のようなドローイングでは、物質と生命が記憶の中の風景を通じて一つのものになっていることが理解される。そのことは、東京都西多摩郡日の出町で進められたごみ処分場設置に反対するトラスト運動の土地を利用して、96年(平成8)に若林が作品を制作する活動を始めたことと無縁ではない。
 59年以来、毎年個展を開催し、グループ展では63年に「彫刻の新世代」展(国立近代美術館)、国際美術展では68年にインド・トリエンナーレ(ニューデリー)、75年にミッデルハイム・ビエンナーレ(アントウェルペン)、80年ベネチア・ビエンナーレほか多数に出品する。[高島直之]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

若林奮の関連キーワード北村治池上忠治市村緑郎大久保直彦奥田小由女木村汎玉那覇有公永井鉄太郎林郁町田顕

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

若林奮の関連情報