改訂新版 世界大百科事典 「薬剤学」の意味・わかりやすい解説
薬剤学 (やくざいがく)
pharmaceutics
医薬品の製造・加工から患者への投与に至る広い範囲にわたる領域を扱う薬学の一分野。製剤学ともいう。ヒトや動物の病気の治療や予防に用いられる医薬品は有効成分がそのままの形で用いられることはまれで,使用に適した形にして用いられるのが普通である。この〈使用に適した形〉にすることを製剤加工といい,製剤加工したものを剤形と呼ぶ。その種類は,錠剤,注射剤,座剤,軟膏剤,チンキ剤,トローチ剤等,日本薬局方に規定されているものだけで27種類もある。さらに錠剤には,裸錠,糖衣錠,多層錠,有核錠,腸溶錠等がある。このように実際の剤形はきわめて多様である。一方,医薬品は適正な管理のもとで正しく患者に与えられねばならない。薬剤学はこれら薬剤の製造・加工から実際に利用される過程での諸問題を扱う。
製剤加工
製剤加工の目的は〈取扱いやすさの向上〉と〈薬効と安全性の確保〉である。また製剤加工されたものの品質も保証されねばならない。たとえば注射薬を作るには薬を水に溶かさねばならないし,溶けたものが保存中に変質したりせず,安定でなければならない。水に溶けにくい薬については,これを溶かすくふう(たとえば溶解補助剤の添加)が必要だし,ときには医薬品を結晶とし,水に懸濁させて用いることもある。これらでき上がった注射液の安全性は,無菌であること,微細なごみなどが浮遊していないこと,発熱性物質が含まれていないことなどによって確保される。懸濁注射液については,懸濁している薬の結晶が保存中に大きくならないことも品質保証に必要である。
錠剤についていえば,錠剤のほうが粉薬(散剤)よりも服用に便利だし,取扱いもやさしい。しかし,服用された錠剤は消化管内で速やかに崩壊して医薬品を消化液中に溶出せねばならないし,医薬品は消化管から吸収されねば全身的な薬効は発現しないから,この点を考慮しなければならない。実際,原料医薬品の粉末の性質の違いや製剤加工操作のわずかな変更によって,薬効や副作用発現の程度が変化した例が数多く知られている。また錠剤に含有される医薬品は安定でなければいけないし,錠剤の硬さや崩壊性が保存中に変化してもいけない。またときには,注射剤と錠剤を比較して,投与法の違いが薬の効果にどのように影響するかを知らねばならない。これらのことを確実にするためには,溶解,滅菌,圧縮などの単位操作,固体の溶解現象,溶液や固体の変質機構,物質の生体膜透過機構などを知らなければならない。さらに,このように製剤加工された医薬品はきわめて多く市販され,それが種々の特性をもつゆえに,適正に管理し正しい医薬品情報のもとで患者に渡し,状況に応じて患者の服薬を指導しなければならない。このような多岐にわたる事柄を扱うために,薬剤学は次のように大別される。
薬剤学の諸分野
(1)物理薬剤学 物理化学を基礎にして剤形の性質を扱う。熱力学,量子化学,界面化学,レオロジー,化学反応速度論,移動現象論などを基礎にして,多成分系としての剤形を扱う。(2)生物薬剤学 薬の吸収,代謝,分布,排出の機構を通じて,薬の体内挙動と投与方法との関係を明らかにする。最近では,薬の目的に応じた投与方法の開発も行っている。(3)製剤工学 製剤加工をするための化学工学的単位操作(粉砕,圧縮,溶解,ろ過,滅菌など)を,薬効と安全性確保にどのように生かすかを扱う。製剤加工の工学的側面ともいえる。(4)調剤学 病院薬剤学ともいう。調剤,医薬品情報処理,医薬品評価,小規模製剤加工等を病院で行うための学問。
→医薬品 →薬学
執筆者:粟津 荘司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報