内科学 第10版 「血液疾患患者のみかた」の解説
血液疾患患者のみかた(血液疾患)
(1)病歴聴取
血液疾患のうち特に貧血症や出血凝固系疾患には多くの遺伝性疾患が含まれており,病歴聴取に際しては症状の出現時期とともに家族歴の聴取が重要である.たとえば多くの遺伝性溶血性貧血やある種の骨髄不全症などの赤血球系疾患,好中球減少症や機能異常症などの非腫瘍性白血球系疾患,先天性血小板機能異常症および減少症,先天性凝固因子異常症および血栓傾向などの出血凝固系疾患などである.また,血液疾患の中には医薬品副作用としての造血障害がしばしばあり,造血器腫瘍の中には過去の抗癌薬による二次発癌の可能性があるため,薬剤歴の聴取も重要である.
(2)身体診察
血液疾患の初診時には,正確な病歴聴取から類推される血液疾患が示す身体所見を考慮しながらの全身の診察が必要である.全身所見としては皮膚所見,特に出血傾向と表在リンパ節腫脹を診る.皮下出血では点状出血か斑状出血か,またその大きさも重要である.表在リンパ節腫脹では部位,大きさ,硬さ,表面の性状,周囲との癒着などの所見をとる.頭頸部では溶血性貧血や巨赤芽球性貧血の場合の黄疸の有無,鉄欠乏性貧血や巨赤芽球性貧血の場合の舌萎縮の有無を診る.胸部では高度の貧血症に合併する心不全の所見,造血器腫瘍にみられる呼吸器感染症や胸水貯留の有無を診る.腹部では悪性リンパ腫を代表とする各種の造血器腫瘍でみられる脾腫および肝腫の所見をとることが重要であり,さらに悪性リンパ腫での腹腔内腫瘤も見落としてはいけない.神経系ではある種の貧血症にみられる神経症状,さまざまな造血器腫瘍の神経病変,出血性疾患や血栓性疾患でみられる神経症状など診断上および治療上重要な所見を見落としてはならない.
(3)検査
初診時には血液検査,血液生化学検査,尿検査,便検査,心電図検査,胸腹部単純X線検査などの基本的スクリーニング検査のほかに上述の病歴聴取および身体診察からしぼられた可能性のあるいくつかの血液疾患を想定した必要な検査を行う.血液疾患の診察で欠くことのできない血液検査で重要なことは,赤血球数,白血球数,ヘモグロビン値,ヘマトクリット値,血小板数のみでなく,網赤血球数と白血球分画(血液塗抹標本)も必ず検査することであり,これらから得られる所見は血液疾患の診断上きわめて重要である. たとえば網赤血球数は再生不良性貧血や赤芽球癆などの骨髄不全症の診断に欠くことはできず,また溶血性貧血の診断にも必須である.つまり,正球性正色素性貧血の鑑別にあたっては骨髄の造血能が正常か異常かの判断が必要であり,その判断に網赤血球数を要する.なお,この際に網赤血球数は%で判断するのではなく絶対数で判断することが重要である.白血球分画は器械法では正確な情報は得られず,視算法で行うことが必須であるが,血液内科医は単に検査室からの報告をみるだけでなく,自分で血液塗抹標本を観察する習慣をつけるべきである. 血液塗抹標本から得られる情報はきわめて大きく,各種貧血症の鑑別,たとえば鉄欠乏性貧血,巨赤芽球性貧血,さまざまな溶血性貧血などは血液塗抹標本の赤血球形態,白血球形態をみるだけで診断がつくことが多く,また骨髄異形成症候群,急性白血病,慢性骨髄性白血病,慢性リンパ性白血病などの造血器腫瘍の診断にもきわめて有用である.血液疾患の検査で欠かすことのできないのが骨髄検査である.骨髄検査は骨髄不全による貧血症の鑑別,すべての造血器腫瘍の鑑別,血小板減少症の鑑別に必須であり,血液内科医はその手技とともに骨髄像を正確に読めるようになっておかなければならない.
血液疾患の検査結果の読み方について重要なことは,ある時点での検査結果のみで判断するのではなく,過去からその時点までの検査結果の推移をみることである.たとえば診断時では,その時点までの検査結果の推移と感染症や医薬品服用歴との関係をみることによって造血障害の原因の推定に役立ち,骨髄異形成症候群ではその経過をみることが診断に有用である.また,治療中は病態の把握に検査結果の推移をみることが重要であり,さらに治療効果の判定とそれに基づくその後の治療方法選択の判断にも欠かせない.
(4)治療
治療開始にあたっては患者および家族に当該血液疾患に対する治療方法の選択肢とそれぞれの治療方法の説明,予想される治療経過,有効率,予後などを充分説明し同意を得ることが大切である.血液疾患,特に造血器腫瘍では治療により一時的にさらに病状が増悪したり,さまざまな合併症を引き起こす可能性があるため,正確な病名の告知と疾患に対する患者および家族の理解を得ておくことが不可欠である. 血液疾患の治療方法の選択については赤血球系,白血球系,血小板/凝固系のどの疾患も標準的治療を採用するのが基本である.しかし骨髄不全症や造血器腫瘍では標準的治療が確立していないことや,海外での標準的治療がわが国ではいまだ保険適応上施行できない場合などがあり,エビデンスのある治療方法を患者および家族への説明と同意のもとで施行せざるを得ない場合も少なくない.[檀 和夫]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報