日本大百科全書(ニッポニカ) 「被曝医療」の意味・わかりやすい解説
被曝医療
ひばくいりょう
放射線に被曝(ひばく)した、あるいは放射性物質により汚染した患者に対する医療、つまり診断・治療・治療後のフォローアップの総称である。放射線被曝は、他の事故に比して低頻度であること、症状が現れるまでに時間がかかること、被曝したかどうかがすぐにはわからないこと、他の化学物質や生物学的因子(細菌感染など)と違い、滅菌・殺菌、中和のような原因物質をなくす方法がないこと、放射線も放射性物質も比較的微量から測定可能であること、といった特徴がある。そして、とくに一般の人々の間で放射線や放射性物質に対する不安が必要以上に強く、社会的な影響が大きい。また、被曝医療は通常医療の現場で実施される頻度が低いこともあり、専門的知識が必要である。
これらの特殊性のため、原子力事故や災害を対象として、日本国内で専門医療機関の体制が定められ整備されている。すなわち、原子力災害拠点病院、原子力災害医療協力機関、高度被ばく医療支援センター、基幹高度被ばく医療支援センター、原子力災害医療・総合支援センター、というそれぞれに役割をもった医療機関が指定・登録され、専門家や設備が整備されている。
なお、とくに行政の施策においては、被曝医療ということばは、原子力災害時に必要となる住民防護措置や対応の際の医療に関する部分をさし、より広い意味に使用される。この場合、住民避難時に行われる体表面汚染検査、内部被曝の検査、事前の措置としての予防薬である安定ヨウ素剤の説明および配布等を含む。
[立﨑英夫 2021年11月17日]
被曝の形態と治療
被曝の形態を分類すると、外部被曝、体表面汚染、内部被曝の3種類があり、外部被曝には、大まかに全身被曝と局所被曝がある。3種類それぞれの病態に対して診断法と治療法があるが、治療に関しては、内部被曝に対する除去剤を除けば症状に応じた治療が中心となる。時期によっても、応急処置や創傷部汚染対応等の初期診療と、その後の発症期における治療がある。体表面汚染と内部被曝の場合は、患者が放射性物質を保有している状態であり、それらの放射性物質を取り除く治療が主体となる。これらの場合、放射性物質が患者から拡散して二次汚染を生じたり、医療従事者が被曝するのを最小限にとどめるため、放射線防護の対応が必要である。またそのための知識、技能、資機材も必要である。たとえば、診療する場所を、汚染区域と非汚染区域等に分離するといったことがある。
被曝医療では、放射線物質による汚染を伴った、外傷や内科的疾患に対する対応も含めて扱う。これらの場合、放射線被曝による本格的発症期の症状は、典型的には週の単位で遅れて生じ、すぐに治療が必要でないことから、合併している外傷や疾患が緊急性の高いものであればそちらを優先して治療する。とくに救命処置がすぐに必要な不安定な状態では、除染などの処置を後にして救命処置を急ぐことが重要である。
[立﨑英夫 2021年11月17日]