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西東三鬼 さいとう さんき

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

西東三鬼

苫田郡津山町(現津山市)生まれ。本名・斎藤敬直(さいとう・けいちょく)。津山中学に学び、上京後、歯科医に。30歳を過ぎて俳句に出会い、新興俳句運動に参加した。戦後、現代俳句協会を石田波郷らと設立。俳誌「天狼」を山口誓子らと創刊した。代表作「水枕ガバリと寒い海がある」で知られ、句集に「旗」「夜の桃」など。津山市内に「枯蓮のうごく時来てみなうごく」「花冷えの城の石崖手で叩く」などの句碑がある。

(2017-03-07 朝日新聞 朝刊 岡山全県・1地方)

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デジタル大辞泉の解説

さいとう‐さんき【西東三鬼】

[1900~1962]俳人・歯科医。岡山の生まれ。本名、斎藤敬直。第二次大戦後、山口誓子を主宰者に「天狼」を創刊。句集「夜の桃」「今日」「変身」など。

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百科事典マイペディアの解説

西東三鬼【さいとうさんき】

俳人。本名斎藤敬直(けいちょく)。現在の岡山県津山市生れ。日本歯科医専卒。新興俳句の代表的俳人。1934年《走馬灯》同人となり,《天の川》など各誌投句を開始した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西東三鬼 さいとう-さんき

1900-1962 昭和時代の俳人。
明治33年5月15日生まれ。歯科医。昭和15年新興俳句総合誌「天香」の創刊に参加,京大俳句弾圧事件で検挙される。戦後,現代俳句協会の創設にくわわる。山口誓子(せいし)主宰の「天狼(てんろう)」初代編集長をへて,27年「断崖(だんがい)」を創刊,主宰。32年総合誌「俳句」編集長となる。昭和37年4月1日死去。61歳。岡山県出身。日本歯科医専卒。本名は斎藤敬直(けいちょく)。句集に「旗」「変身」など。
【格言など】水枕ガバリと寒い海がある(「旗」)

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世界大百科事典 第2版の解説

さいとうさんき【西東三鬼】

1900‐62(明治33‐昭和37)
俳人。岡山県津山市生れ。本名斎藤敬直。日本歯科医専卒。1933年,患者のすすめで俳句に手を染め,モダニズムを基調にした当時の新興俳句運動に参加,俳句雑誌《旗艦》《京大俳句》などで活躍した。36年,〈水枕ガバリと寒い海がある〉〈緑蔭に三人の老婆わらへりき〉などを発表,新興俳句の代表的俳人と目された。40年,新興俳句のモダニズムを伝統破壊,危険思想とみる特高警察の俳句弾圧によって検挙され,執筆を禁じられた(京大俳句事件)。

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大辞林 第三版の解説

さいとうさんき【西東三鬼】

1900~1962) 俳人。岡山県生まれ。日本歯科医専卒。本名、斎藤敬直。新興俳句運動の中心となるが、京大俳句事件で検挙。戦後「天狼」「断崖」を創刊。句集「夜の桃」、随筆集「神戸」「続神戸」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西東三鬼
さいとうさんき

[生]1900.5.15. 津山
[没]1962.4.1. 東京
俳人。本名,斎藤敬直。日本歯科医専卒業。水原秋桜子らに始る新興俳句の有力作家で,特に都会生活の虚無官能の表現に新風を開いた。句集は『旗』 (1940) ,『夜の桃』 (48) ,『西東三鬼集』 (65) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西東三鬼
さいとうさんき
(1900―1962)

俳人。明治33年5月15日、岡山県津山市に生まれる。本名敬直。日本歯科医科専門学校卒業。東京共立病院歯科部長在職中、同人誌『走馬燈』を知り、日野草城欄に投句、新興俳句運動の新鋭として台頭する。1935年(昭和10)1月『旗艦』に参加、この年同人誌『扉』に参画、『京大俳句』に加盟。「水枕(みずまくら)ガバリと寒い海がある」「算術の少年しのび泣けり夏」など独自の句境を切り開いた。40年新興俳句総合誌『天香』に加わり、俳句弾圧事件に連座、検挙される。第二次世界大戦後、47年(昭和22)現代俳句協会創立に参与。あわせて山口誓子(せいし)を擁し『天狼(てんろう)』発刊(1948)、編集長となる。同時期に別途、『雷光』『激浪』を主宰。52年『断崖(だんがい)』を創刊主宰。57年総合誌『俳句』編集長。61年俳人協会の設立に参加。昭和37年4月1日、癌(がん)により没す。句集に『旗』(1940)、『夜の桃』(1948)、『今日』(1951)、『変身』(1962。没後、第2回俳人協会賞受賞)がある。戦後の句「中年や遠くみのれる夜の桃」「赤き火の哄笑(こうしょう)せしが今日黒し」など。[楠本憲吉]
『『西東三鬼全句集』(1983・沖積舎)』

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世界大百科事典内の西東三鬼の言及

【天狼】より

…俳句雑誌。西東三鬼,橋本多佳子らが,山口誓子を囲む同人誌として1948年(昭和23)1月に創刊。誓子は創刊号で,〈酷烈なる俳句精神〉〈鬱然たる俳壇的権威〉を実現したいと述べたが,三鬼のニヒリズム,永田耕衣の東洋的無,平畑静塔の俳人格などは,俳句精神の根源を探求した成果であり,昭和20年代の俳壇に活気をもたらした。…

※「西東三鬼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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