認識論的断絶(読み)にんしきろんてきだんぜつ(その他表記)rupture épistémologique フランス語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「認識論的断絶」の意味・わかりやすい解説

認識論的断絶
にんしきろんてきだんぜつ
rupture épistémologique フランス語

科学認識成立や変化・発展を説明するための科学哲学上の概念で、個々の認識の前提となっている「問いの立て方」や「問いの構造」problématiqueそのものの非連続的な変化を指す。同じ意味で、「認識論的切断」coupure épistémologiqueという語が用いられることも多い。ここでいう「問いの構造」とは、一連の認識のありようを決定し、組織する要因でありながら、それ自体は顕在化していないようなものである。こうした考え方はフランスの哲学者ガストン・バシュラールやとりわけルイ・アルチュセールによって展開されたが、認識における非連続性を強調する点では、17世紀の科学革命の意義を強調したアレクサンドルコイレの科学史観にも通じるものである。なお今日では、人文科学、社会科学一般において、問題の立て方の画期的な変化を指してかなり広い意味で用いられる傾向にある。

 バシュラールの科学認識論上の業績は広範にわたるが、とくにその誤謬(ごびゅう)論の中に認識論的切断の概念が見られる。彼は正しい新しい科学的認識が成立するための条件として、その認識の成立を妨げている広い意味での心理的な困難(認識論的障害物)が除去されることの重要性を強調し、その障害が克服される瞬間をとくに認識論的切断と呼ぶ。こうした立場から彼は科学的精神形成の「精神分析」を試み、科学は前科学的な障害物と格闘し、たえず切断をくり返すことによってのみその合理性を確保するのだと論じた。一方、マルクス主義の哲学者であったアルチュセールは、マルクスによって作り出された歴史の「科学」の固有性を論証するために、このバシュラールの図式を借用した。アルチュセールによれば、「科学」としてのマルクスの理論は、初期のマルクスの思想に内在していたヘーゲル主義やフォイエルバハ的な人間主義といった障害物(イデオロギー)と断絶することなくしては成立しない。そして、こうした断絶を不可逆的なものとして定着させたマルクスのテクストが『ドイツ・イデオロギー』であり、ここではじめて固有の意味でのマルクスの理論が成立したという。「認識論的断絶」という語は、とくにこうした不可逆的な断絶を指すために用いられた。

 なお、アルチュセールは、認識論的切断を実現することこそが理論的実践であるという立場から、認識の生産の一般理論化を試みているほか、古い「問いの構造」のもとにありながら、すでにそこから外れようとしている要素を見極め、それを新しい「問いの構造」のもとに解読することを、とくに徴候的読解と呼んでいる。

[安川慶治]

『ガストン・バシュラール著、及川馥ほか訳『科学的精神の形成』(1990・国文社)』『今村仁司著『アルチュセール――認識論的切断』(1997・講談社)』『ルイ・アルチュセール著、河野健二・田村俶・西川長夫訳『マルクスのために』(平凡社ライブラリー)』

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