フランスの哲学者。シャンパーニュ地方のバル・シュル・オーブで生まれる。郵便局員、やがて第一次世界大戦に参加、40歳を越えてからディジョン大学哲学教授(1930~1940)を経て、ソルボンヌ大学(パリ大学)教授。
科学史・科学哲学と文芸評論とのつながりに独自の地位を占める。この二つの異質な領域は彼にあっては相補的な緊張を示し、多彩な思想が展開される。前者は『近似的認識試論』(1928)に始まり、『新科学的精神』(1934)、『持続の弁証法』(1935)、『科学的精神の形成』(1938)、『否定の哲学』(1940)、『合理的唯物論』(1953)へと展開。真の合理主義の発展に対して誤った合理化が障害となるため、固定化に打ち勝って創造的な認識へ進むべきことが説かれる。認識の進歩について直線的連続の神話が否定されて、歴史の回帰性が示された。また単純化する哲学のア・プリオリな態度に反対し、メイエルソンの同一化に対して問題の差異化、統一化に対して分散化が主張された。実在とは科学的認識の投企(プロジェ)であるとする科学の技術的性格が強調され、参加(アンガジェ)としての全面的な合理主義、「開かれた哲学」が説かれた。後者、文芸評論については『火の精神分析』(1938)、『ロートレアモン』(1940)より、四元素についての一連の精神分析を経て、『蝋燭(ろうそく)の焔(ほのお)』(1961)に至る著作で、夢想について現象学的記述が深められた。夢想は物質と生命に対する精神による攻撃的な能動性を示し、身体性の媒介によって想像力の創造性を展開するものとされた。
[池長 澄 2015年5月19日]
『渋沢孝輔訳『蝋燭の焔』(1966・現代思潮社)』▽『前田耕作訳『火の精神分析』(1969/改訳版・1999・せりか書房)』▽『中村雄二郎他訳『否定の哲学』(1974・白水社)』▽『及川馥他訳『科学的精神の形成』(1975・国文社/2012・平凡社)』▽『関根克彦訳『新しい科学的精神』(1976・中央公論社/ちくま学芸文庫)』▽『掛下栄一郎訳『持続の弁証法』(1976・国文社)』▽『豊田彰他訳『近似的認識論』(1982・国文社)』▽『平井照敏訳『ロートレアモン』(1984・思潮社)』
フランスの科学哲学者。構造主義の先駆者の一人として,また,その詩論,イマージュ論でも知られる。1927年《近似的認識にかんする試論》で学位をえた後,ディジョン大学講師,教授をへて,40年ソルボンヌ(パリ大学)に迎えられ,科学史,科学哲学を講ずるとともに,同大学付属の科学史・技術史研究所長を務めた。54年,同大学名誉教授。
20世紀初頭ほぼ4分の1世紀に及んだ〈物理学の革命〉を目のあたりにして,科学をその動的な変化発展の相においてとらえるなかで,この変革期の科学の,その活動に即した意味を,従来の哲学や日常的認識,あるいはまた科学者自身に投げかけることに〈科学の哲学〉の位置を求めた。初期の代表的な著作《新しい科学的精神》(1934)は,相対性理論の非ニュートン力学的な性格や量子力学における非決定論のつぶさな検討を通じて,現代科学における認識の様式を〈非デカルト的認識論〉として提示するものだが,この把握が《否定の哲学》(1940)において,最も基本的なものと考えられていた原理や概念などの〈否定〉を介した包摂,二重化,補完に対して開かれた〈非の哲学〉として結実する。以上に科学のもたらす新しい認識に対して開かれた精神,さらには科学の発展を促す精神を追求する姿勢が見られるとすれば,それを妨げる〈認識論的障害〉の精神分析による排除が《科学的精神の形成》(1938)の目標であった。この方向は,根底で先の科学の進展を促す精神の追求と交錯しながら,詩やイマージュの奔放な力動性そのものを求める〈4元素〉に媒介された深層心理の分析へと発展していく。この両者をたえず〈相補的〉に展開したバシュラールの思想的な営為は,フランスにおける科学史や科学哲学の今日的な意味の確立に寄与するとともに,ピアジェやアルチュセール,あるいはカンギレムを介してフーコーへと多彩な影響を及ぼしている。
執筆者:小宮山 隆
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