資金循環分析(読み)しきんじゅんかんぶんせき(英語表記)flow-of-funds analysis

日本大百科全書(ニッポニカ) 「資金循環分析」の意味・わかりやすい解説

資金循環分析
しきんじゅんかんぶんせき
flow-of-funds analysis

国民経済を構成している各部門間の資金の流れを記録するために作成された資金循環表を利用して金融の仕組みや金融と実物との相互関係などを分析する手法。1952年アメリカの経済学者M・A・コープランドにより提唱され、その後、連邦準備制度理事会をはじめとする各国の中央銀行によって研究が進められている。日本でも、日本銀行内閣府(旧経済企画庁)が定期的に調査し発表している。

 資金循環表の基本的構成要素は部門と取引項目である。部門は、経済主体を資金の取引主体別に企業、家計政府、金融(中央銀行、市中銀行)、海外の五つに分けたもので、資金循環表ではその最上部に左から右に並べられている。取引項目は、表の左端に記載されており、その上半分には非金融取引を表す貯蓄・投資勘定が、下半分には各種の金融取引を記録する金融勘定が示されている。この貯蓄・投資勘定は、経済の実物的取引の収支尻(じり)を反映している貯蓄と投資のバランス状況を表しているが、ある部門における投資超過は資金不足を、貯蓄超過は資金余剰を意味するのである。金融勘定では、この資金の過不足が、各部門による金融資産金融負債の取引によって、どのように調整されたのかが明らかにされている。したがって、資金循環表の金融勘定における取引項目を横にみていくと、どのような種類の資金がどの部門からどの部門に流れたのかが、また各部門別の数字を縦にみていくと、各部門がどういう方法で資金を調達し、それをどのように使用したのかがわかるのである。

 このように、資金循環表は資金の流れを体系的に整理したものであるが、これを使うことによってさまざまな金融経済問題の分析が可能である。まず第一に、経済の実物的側面と金融的側面との関係は、貯蓄・投資勘定と金融勘定を対比することにより観察できる。たとえば、日本の実体経済が企業投資主導型から財政支出主導型へ移行するにしたがって、金融面では、企業部門の資金不足の縮小政府部門の資金不足の拡大と国債の大量蓄積という現象が生じているのである。また、金融構造も同様に分析できるが、資金循環表を利用して、日本の金融構造を考察してみると、たとえば次のような点が明らかになる。すなわち、資金不足部門である企業部門が資金を調達する際には、金融機関を通じる間接金融方式と、証券市場を通じて資金余剰部門より直接まかなう直接金融方式とがあるが、日本の場合、間接金融優位の金融構造になっているのがわかる。あるいは、各部門の資産選択状況や負債構造をみると、個人部門の金融資産蓄積の多様化、企業の自己金融力の増大などの傾向が生じているのが見受けられる。さらに、資金循環表は金融政策の波及経路を観察するのにも役だつ。金融政策は通貨量のコントロールを通じて、最終的には各部門の支出行動の変化を引き起こすが、資金循環表から得られるデータを時系列にたどってみると、金融政策のインパクトが各部門にどのように波及していったのかが明らかになる。以上のように、資金循環分析は複雑な現代の金融現象を多方面にわたって説明できるのではあるが、しかしそれはあくまでも金融経済現象を解剖学的に分析するものであるから、各部門の金融活動を理論的に考察するという生理学的な研究により補完される必要があるといえる。

[外山茂樹]

『宮沢健一著『日本の経済循環』(1969・春秋社)』『石田定夫著『資金循環分析の解説』(1970・日本経済新聞社)』『那須正彦著『現代日本の金融構造――資金循環分析による実証と国際比較』(1987・東洋経済新報社)』『石田定夫著『日本経済の資金循環――国際化・自由化・金融政策』(1993・東洋経済新報社)』『日本銀行調査統計局経済統計課著『入門 資金循環――統計の利用法と日本の金融構造』(2001・東洋経済新報社)』『辻村和佑・溝下雅子著『資金循環分析――基礎技法と政策評価』(2002・慶応義塾大学出版会)』『慶応義塾大学産業研究所企画、辻村和佑編著『資金循環分析の軌跡と展望』(2004・慶応義塾大学出版会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の資金循環分析の言及

【資金循環表】より

…(1)では部門別投資・貯蓄が重要な計数となり,これが(2)における各部門の金融取引の貸借じり,すなわち資金過不足に接続するかたちとなる。 資金循環分析とは,資金循環表によって経済全体における通貨・資金の流れを観察して,経済と金融の関係,とくに金融の仕組みと動きを明らかにするものである。マネー・サプライ統計が銀行など主要金融機関の信用供与と広義の通貨供給量を記録するのに対して,資金循環表は銀行信用・通貨のみならず証券市場や海外との資金流出入の動きを対象としている点で,より広範囲の統計体系である。…

※「資金循環分析」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android