日本大百科全書(ニッポニカ)「証券市場」の解説
証券市場
しょうけんしじょう
有価証券が発行されて投資家に取得されるまでの過程、および投資家相互間で有価証券が流通する過程を総括して証券市場という。前者は(証券)発行市場とよばれ、後者は(証券)流通市場とよばれる。ここで扱われる有価証券は、その一種である資本証券(擬制資本証券)が意味されており、その代表的なものが公社債などの債券と株式である。
[桶田 篤]
証券の発行
証券発行市場において発行の対象となるのは、確定利付証券である債券と、配当証券である株式である。債券の発行市場はとくに起債市場とよばれる。なお、株式の流通市場、発行市場をあわせて株式市場といい、区別して扱われることが多い。
債券は、発行主体が国または地方公共団体であるか、一般企業であるかによって、公債と社債に分かれる。公債はさらに国債と地方債、社債は金融機関によって発行される金融債と、事業会社によって発行される事業債に分かれる。他方、株式は株式会社の発行による。
発行方法には、直接発行と間接発行とがある。前者は発行者自らが発行に伴う危険を負担するもの、後者はこれに対して発行危険を第三者に負担させるものである。募集方法については、両者ともに発行者自らが行う自己募集と、第三者に委託する委託募集とがある。
[桶田 篤]
証券の引受け
間接発行で発行危険を負担することをさす。日本では、第二次世界大戦前は国債と社債について大手銀行がシンジケート(引受け組合)を組織して引受け業務を行い、証券業者はその下請け的な役割を果たすにすぎなかったが、1948年(昭和23)に制定された証券取引法によって、銀行その他の金融機関は、国債、地方債、政府保証債などの引受けが禁止され、証券引受け業務は証券業者のみが扱うことになった。
引受けには、買取引受け(買取発行)と、残額引受け(請負発行)とがある。前者は、発行証券を確定価格で引受け機関が買い取り、その後適当な時期と価格で一般に売り出す方法であり、後者は、発行機関が発行主体との間で引受け価格、売出し価格、その他の条件を定めて発行を引き受け、売れ残り分は引受け機関が引き取ることを保証する方法である。さらに両者について、引受け機関が単独である場合を単独引受け、複数で分担額を定めて共同で引き受ける場合を共同引受けという。この場合にはシンジケートが結成されるのが普通である。シンジケートには幹事機関が定められ、それが発行機関との引受け条件の取決め、シンジケート契約の締結、証券の市場導入など事務処理にあたる。また、売れ残り分の分担方法については、不分割方式(各自の実際販売額と無関係に当初の契約どおりに引き受ける方法)と、分割方式(自己の実際販売額の差額だけを引き受ける方法)とがある。
[桶田 篤]
証券の流通
証券のうち公社債については、株式のように零細な投資家は少なくて、大口資金の投資家が多いから、流通市場より発行市場に重点が置かれている。たとえば、優良社債に対して需要が集中し、価格騰貴や利回りの低下がおこるのに対して、投資的に妙味に欠ける社債に対する需要が少なく、低価格、高利回りとなる傾向が強いので、社債に格付けが行われる。理論上、証券の発行条件は流通市場で形成される価格に規制されるものとされているが、第二次世界大戦後の債券市場では、事実上、流通市場を欠き、債券に対する正常な需給関係に基づくメカニズムは働いていないとみられ、そのための種々の施策も試みられてはいるが、成果をあげるまでには至っていない。
他方、株式の流通市場は活発で、大量の株式の売買が組織的に行われている。正常な価格メカニズムによる価格形成が行われる具体的な流通市場としての証券取引所が完備し、株式の需給要因を含む抽象的な株式流通市場においても同様である。
[桶田 篤]
現状
日本の金融システムは、そもそもイギリスやアメリカのような市場型システムMarket-oriented Systemではなく、間接金融ルートを中心とする銀行型システムBank-oriented Systemに位置づけられる場合が多い。実際、1998年(平成10)以前の日本の証券市場は、規制や障害が多く、使い勝手のよいものではなかった。そのため、手数料の自由化、取引所集中義務の廃止、証券業の免許制から登録制への切替えなど「日本版金融ビッグバン」(金融システム改革)といわれる矢つぎばやな改革が行われることになった。また、2006年6月には証券取引法にかわって、金融商品を包摂する金融商品取引法が制定され、グローバル市場としての制度的な体制は、ある程度整ったといえる。
しかし、市場を通じて資金調達ができる企業数は、アメリカに比べて圧倒的に少ないのが現状である。具体的には、アメリカで取引所や新興企業向け市場から資金調達できる企業数は2万5000社を超えているのに対して、日本では4200社余りしか存在しない。しかも、このうち新興企業向け市場だけを比較してみると、アメリカではNASDAQ(ナスダック)のスモールキャップSmall Cap、OTCブリティンボードOTC Bulletin Board、ピンクシートPink Sheets、そしてローカルマーケットLocal marketを合計すると約2万社程度であるのに対して、日本ではマザーズ、アンビシャス、セントレックス、Qボードなどをあわせて500銘柄にも満たない状態であり、証券市場の裾野(すその)の広がりに圧倒的な差があることがわかる。歴史的にみて、証券市場の裾野から次代を担う新しい産業が登場していることはよく知られている。その意味からも日本の証券市場の裾野が広がるように、さらなる規制緩和や障害を取り除くとともに、証券市場そのものの機能強化を進めていく必要があろう。
加えて、現状、各国の証券取引所はそれぞれ個別に国際的な提携を行い、複数の市場が取引システムの共通化や情報ネットワークの形成といった方法により、市場間リンクを構築し、競争力を強化させようとしている。この場合に問題になってくるのが、制度や慣行の違い、とくに証券決済システムの統一の問題である。日本においては証券決済システム改革法(平成14年法律第65号)の施行により、社債等のペーパーレス取引が可能になるなど、国際的な提携が行いやすい環境をつくりつつあるが、今後も証券に関する規制・監督の方法や手段、会計基準などの国際的調和を一段と進めていく必要があると思われる。
[前田拓生]
『米澤康博編『読本シリーズ 証券市場読本』第2版(2006・東洋経済新報社)』▽『佐藤猛著『証券市場の基礎理論』(2008・税務経理協会)』