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越中島 えっちゅうじま

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

越中島
えっちゅうじま

東京都江東区,隅田川河口左岸の地区。東京海洋大学海洋工学部や,各種の工場がある。地名は江戸時代,榊原越中守の別邸設置が起源。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

えっちゅう‐じま〔ヱツチユウ‐〕【越中島】

東京都江東区南西部の地名。明治8年(1875)日本最初の商船学校(のちの東京商船大学)が設置された。名は榊原越中守の別邸があったことによる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

越中島
えっちゅうじま

東京都江東(こうとう)区西部の一地区。隅田(すみだ)川河口左岸に位置し、佃島(つくだじま)、晴海(はるみ)、豊洲(とよす)に相対している。古くは河口にできた州で、小さい島の形をしていた。江戸初期、榊原越中守(さかきばらえっちゅうのかみ)の別邸があったのが地名の由来と伝えられる。江戸末期、幕府が最初にフランスから軍人を招いた洋式調練発祥の地で、調練橋公園はその名残(なごり)をとどめたものである。1875年(明治8)日本最初の商船学校(のち東京商船大学。現、東京海洋大学)が置かれ、越中島の名はその代名詞として全国に知られた。また、のちに陸軍糧秣廠(りょうまつしょう)も設置された。
 第二次世界大戦後、一時アメリカ軍が商船学校に駐屯したが、返還後、商船大学となり、糧秣廠は現在の防衛省、海上保安庁などの最初の庁舎として利用された。[菊池万雄]

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