軍事産業の維持・発展を積極的に推進することを目的にした一種の利益追求集団の総体。日本では産軍複合体ということもある。政府や官僚機構,軍部,議会,財界や労働組合,政党や圧力団体,あるいは軍事技術の急速な進歩に伴って学界や研究機関などで構成され,これらが相互補完的に影響力を行使して軍事支出の拡大や兵器調達の増大をはかる強力な結合関係を構築している。現在では軍産官学複合体という言葉で表現され,旧ソ連をはじめとする社会主義諸国では,共産党,軍部,官僚,軍事産業部門による中央集権的な軍産複合体が形成されていた。
軍産複合体という言葉は,アイゼンハワー・アメリカ大統領が1961年1月17日の辞任演説のなかで最初に指摘したと一般に解されている。アイゼンハワーは,アメリカでは巨大な軍事機構と兵器産業が連結し社会・産業システム全般に軍産複合体を形成し,有害な影響を与えていると国民に向かって警告した。
軍産複合体の歴史は19世紀にその起源をさかのぼることができるが,20世紀初頭にはイギリス,アメリカ,ドイツ,フランスなどの列強の国内に現代的な意味での軍産複合体の萌芽がすでに構築されていた。第1次大戦を契機に軍事技術は飛躍的に発達し,軍事産業は質的にも量的にも肥大化する。1919年6月,国際連盟の創設にあたり,連盟規約第8条では兵器弾薬および軍用器材の生産が拡大し,軍事産業部門の肥大化が憂慮される重大な段階に到達しており,その抑制措置を検討すべき旨を明文化した。
第2次大戦後,軍事技術の進歩は急速で,とくに1960年代以降,米ソ間では核軍備競争が質・量ともに激化し,非核レベルでも高性能兵器の研究開発競争が休止することなく展開されてきた。とくに航空宇宙産業,ミサイル部門,エレクトロニクス産業,核技術関連産業などの先端技術を駆使した軍事産業分野では,研究開発費を民間企業で負担することは困難で,巨額の政府予算の継続的な支出が不可欠となる。政府予算の獲得と生産した兵器の大量調達のために,官僚や軍部は積極的に影響力を行使し,その結果,官僚機構や軍事機構をいっそう強化・発展させることになる。一方,兵器生産企業は,強い影響力を発揮するために高級官僚や軍人を多数再雇用し,また,企業の所在する選挙区に依存度の高い政治家や有力な防衛関連議員と深い相互依存関係を形成し,あるいは労働組合や圧力団体との連係によって議会工作を展開する。議員に対する政治資金の提供も日常化するようになる。
軍産複合体の社会に及ぼす有害な影響は,先進工業諸国で最近深刻になりつつある。その第1は,政府の軍事支出の肥大化と軍事産業の政府予算への過度の依存が国内経済・産業の軍事化を促進する点である。また一般の民間企業でも,研究開発された先端技術が汎用技術として軍事利用される機会が増大し,こうした灰色領域の技術開発は不況に直面する多くの民間企業にとって魅力のあるマーケットである。第2は,軍産複合体が影響力を行使して,仮想敵国との軍事バランスの極端な変化や脅威の増大を強調することによって,軍事予算の増大と国家資源の巨大な投資をもたらし,軍事産業に利益誘導するなどの不公正が常態化されることである。官僚や軍部による権力の濫用,政財界の巨額の利権をめぐる腐敗と汚職もこれに付随して発生する機会が増大する。第3に,軍産複合体の肥大化の結果,海外市場を求めて武器輸出が盛んになる。兵器貿易は軍事産業へ直接利潤をもたらすばかりか研究開発費の回収,自国調達兵器のコスト・ダウンにも利用される。国際的にも国内的にも紛争原因を多数有する発展途上諸国の側からいえば,武器輸入の結果,通常兵器による地域的軍拡競争が激化し,軍事紛争の多発化は武器輸入にいっそう拍車をかける。主要先進国では軍産複合体の海外兵器輸出への依存度は高まる一方である。他方,先進工業諸国間では経済的・産業的理由から,兵器の国際共同開発や軍事技術の国際交流などの相互依存関係が深化しつつある。
執筆者:志鳥 学修
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政府の国防支出に大きく依存する軍部、民間企業、政治家たちが、それぞれの利益のために有形無形の連携を保ちつつ、ときにはマスコミ界も参加して、国防支出の増大を図る社会的な癒着構造をいう。軍産複合体という用語は、アメリカのアイゼンハワー大統領が1961年の退任演説で軍産複合体の存在を警告して以来、政治用語として定着した。一般に兵器調達は、独特な価格決定、独占的な納入手続き、厳重な機密扱いなど、通常の商取引とは異なる方法で行われるため、軍部と産業界の間で癒着が生じやすい。これに政治家、大学などの研究機関が加わることもある。アメリカは第二次世界大戦では「民主主義の兵器廠(しょう)」とよばれ、連合国側の戦争資材の供給に大きな役割を果たしたが、その反面、経済全体が政府支出、とくに国防支出に大きく依存する体質から脱し切れなくなった。第二次世界大戦後、朝鮮戦争(1950~53)やベトナム戦争(1964~73)によって戦争関連産業が潤った事実をみても、経済の軍需依存を如実に反映している。反面、アメリカの戦争介入は参戦兵士の犠牲が大きく、このためアメリカは地域の安全保障は関係国の自助努力による方針(ニクソン・ドクトリン)に転換したものの、高度先端技術を駆使した軍用機、ミサイル兵器、戦闘車両、艦艇などの供給国としての地位は確保する必要があるため、兵器の内需以外に各国に兵器の購入を迫る、いわゆる外需も併用してアメリカの軍需産業の保持、育成の方針には変わりなく、軍産複合体の体質はいぜんとして続いている。なおフランス、ドイツ、日本などでも兵器関連産業界の国防支出依存という体質が定着化しつつある。
[藤村瞬一]
『小原敬士編『アメリカ軍産複合体の研究』(1971・日本国際問題研究所)』
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(坂本義和 東京大学名誉教授 / 中村研一 北海道大学教授 / 2007年)
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…アメリカは少し過敏なほどに安全保障問題を意識するにいたり,ソ連の軍事力を直接的脅威として,国内のみならず海外の多数の基地を含む巨大な軍事機構を常時維持するようになった。それに伴い,膨大な軍需産業がアメリカ経済の中で大きな地位を占めるにいたり,〈軍産複合体〉の存在が指摘されるようになる。
[統帥と文民統制]
合衆国憲法の下で,大統領は全軍の最高司令官として,合衆国防衛の最高責任者の地位にある。…
…また帝国の維持のために,被支配民族の抵抗を平定する目的で,巨額の軍事費や軍備を投入して弾圧や植民地戦争を行うことも珍しくない。 第3は,軍部や軍産(官)複合体などの,自己保存と自己肥大化の力学である。つまり第1の拮抗作用による軍備競争や,第2の帝国主義支配のための軍拡が直接の契機であるにしろ,そうした軍拡のレールがいったん敷かれると,もともとは軍拡の手段として強化された軍部や,軍拡に付随して生まれた軍産官複合体が,今度はその組織や既得権益そのものの維持・肥大を自己目的とし,その手段として対外的な軍拡競争や小国への軍事介入などを行うようになる。…
…生産力と交通関係との関係も軍隊のなかではとくに明瞭である〉(《経済学批判への序説》)と述べたが,軍隊においては,近代政治の一つの要件としての合理性・計画性・効率性原則が,その戦闘時における実践的必要という面から,早くから発達してくる。また近代の武器および戦闘技術の発展は,経済発展の不可欠の環として軍事技術と産業技術の相互依存関係をつくりだしており,いわゆる軍産複合体,すなわち高級官僚層・財界指導部・政治エリートと軍隊指導部(軍エリート)との結合も不可避的に進展している。したがって徴兵制軍隊であれ志願制国民軍であれ,軍部中枢については〈政治的中立〉はほとんどたてまえのみのものとなっており,多くの場合,軍エリートは軍部・軍閥として,全体的政治構造のなかで支配的経済エリート・政治エリートと結びつき,重要な政治的役割を果たしている。…
… だが政治的民主主義体制のもとであっても,なお軍縮を妨げる二つの要因があることは,アメリカの例がよく示している。
[軍産複合体と軍縮問題]
その一つは,国際関係がどうかとは独立に軍拡や兵器開発を利益として推進する国内勢力が,外交・軍事政策に大きな影響力をもつような政治・経済構造である。アメリカその他の〈軍産複合体〉がそれであり,旧ソ連のように国家官僚機構にくり込まれている場合には〈軍産官複合体〉の形をとった。…
※「軍産複合体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...
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