改訂新版 世界大百科事典 「輸入インフレーション」の意味・わかりやすい解説
輸入インフレーション (ゆにゅうインフレーション)
外国のインフレーションが国際経済取引を通じて国内経済に伝播し,そこでインフレを引き起こすこと。とくに第2次大戦後,1971年まで続いた固定為替相場制の末期に深刻な問題とされた。すなわち,1960年代半ばからアメリカ経済において景気の過熱に伴うインフレと国際収支の悪化が著しかったが,しだいに日本や西欧各国(以下各国)においてもインフレ傾向が目立ちはじめ,アメリカのインフレとこれら各国国内のそれとの間の因果関係が注目されるに至った。当時の輸入インフレ論によると,アメリカのインフレは三つの経路を通じて各国の国内経済でもインフレを引き起こす。第1に,アメリカの国際収支の悪化は輸入の著増が主因であるから,貿易相手国である各国にとっては対米輸出が急増する反面,アメリカからの輸入は増加せず,各国の需給バランスを需要過多の方向に動かしてしまう。第2に,アメリカの国際貿易に占めるウェイトは高いので,アメリカの需要超過傾向が原材料の国際価格の高騰,あるいはアメリカ自身の輸出価格の上昇を通じて,各国の輸入物価水準を上昇させ,コストプッシュ・インフレを引き起こす。第3に,こうした実体経済面,価格面でのインフレ圧力に加えて,金融面でもアメリカの大幅な国際収支の赤字は,各国の外貨準備をそれだけ増加させ,他の金融手段で相殺されないかぎり,通貨増発の原因となる。また,それまで国際収支の悪化を理由に景気の引締政策が実施されることが多く,それが物価安定に寄与していたが,ドル準備が累増している状況では政策当局にそのような政策をとらせるインセンティブ(動機)が消失してしまう。
輸入インフレ論は単に因果関係を示しただけではなく,当時のインフレ傾向は経済の外的要因,すなわち固定為替制度のもとでのドルの一般的過大評価と自国通貨の対ドル過小評価に起因するから,伝統的な総需要抑制政策よりも適正な水準まで自国通貨を切り上げることが重要である,との政策的な意味をもったものであった。実際には,西ドイツを除けば各国とも自国通貨の対ドル切上げにきわめて消極的な態度をとりつづけたため,アメリカの国際収支の悪化は1971年には危機的様相を呈し,結局,国際通貨制度は変動相場制へと移行することを余儀なくされた。現在の変動相場制のもとでは,対米輸出が著増すればドルの供給が増えるのでドル相場が下落し,前述の三つのルートからするインフレ圧力が作動しにくい状況にあると考えられる。
→インフレーション
執筆者:小椋 正立
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報