辰野隆(読み)タツノユタカ

デジタル大辞泉 「辰野隆」の意味・読み・例文・類語

たつの‐ゆたか【辰野隆】

[1888~1964]フランス文学者・随筆家東京の生まれ。辰野金吾長男東大フランス文学を講じ、門下から渡辺一夫小林秀雄らが輩出。著「ボオドレエル研究序説」「忘れ得ぬ人々」など。

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精選版 日本国語大辞典 「辰野隆」の意味・読み・例文・類語

たつの‐ゆたか【辰野隆】

  1. フランス文学者、随筆家。金吾の長男。東京出身。東大法科・仏文科卒業。日本人最初のフランス文学講座を開き、東大教授となる。芸術院会員。昭和三七年(一九六二文化功労者。著「ボオドレエル研究序説」「仏蘭西文学」「忘れ得ぬ人々」など。明治二一~昭和三九年(一八八八‐一九六四

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20世紀日本人名事典 「辰野隆」の解説

辰野 隆
タツノ ユタカ

大正・昭和期のフランス文学者,随筆家 東京帝国大学仏文科教授。



生年
明治21(1888)年3月1日

没年
昭和39(1964)年2月28日

出生地
東京・赤坂

学歴〔年〕
東京帝大法科〔大正2年〕卒,東京帝大文科フランス文学科〔大正5年〕卒

学位〔年〕
文学博士〔昭和5年〕

主な受賞名〔年〕
文化功労者〔昭和37年〕

経歴
東大法科卒後、文科に移り、大正5年フランス文学科卒。母校で副手、講師を経て、10年助教授となり、フランスに留学。帰国直後の12年東大で最初のフランス文学の講座担当者となった。昭和6年教授、23年退官。この仏文科からは、渡辺一夫、小林秀雄など多くの学者・文学者が輩出した。その後は中央大学教授としてフランス文学を講じた。フランス文学の紹介、翻訳から随筆まで多くの著作を残し、主著に「信天翁の眼玉」「ボオドレエル研究序説」「佛蘭西文学」(2巻)、訳書ロスタン「シラノ・ド・ベルヂュラック」、モリエール孤客」、ボーマルシェフィガロの結婚」などがある他、「辰野隆選集」(全5巻 改造社)、「辰野隆随想全集」(全5巻 福武書店)がある。

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改訂新版 世界大百科事典 「辰野隆」の意味・わかりやすい解説

辰野隆 (たつのゆたか)
生没年:1888-1964(明治21-昭和39)

フランス文学者,随筆家。号は隆酔老。建築家辰野金吾の長男として東京に生まれる。東京帝大法科大学を経て同文科大学仏文科を卒業。1921年東京帝大助教授となり,同時に2年間フランスに留学,帰国後同大学最初の日本人によるフランス文学講座担当者となる。29年《ボオドレエル研究序説》を公刊。32年教授。門下から渡辺一夫,小林秀雄,中島健蔵,今日出海,三好達治,中村光夫らが育った。48年退職し,以後は中央大学教授となる。52年文化功労者に選ばれる。評論集《信天翁の眼玉》(1922),随筆《さ・え・ら》(1931),《忘れ得ぬ人びと》(1939)など多くの著書がある。翻訳にモリエール《孤客》,ボーマルシェ《フィガロの結婚》などがある。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「辰野隆」の意味・わかりやすい解説

辰野隆
たつのゆたか
(1888―1964)

フランス文学者、随筆家。建築家辰野金吾(きんご)の長男として東京に生まれる。東京帝国大学仏法科、同仏文科を卒業。1921年(大正10)東京帝大助教授に就任直後フランスに約2年間留学、帰国とともに同大学日本人初のフランス文学講座担当者となる。30年(昭和5)文学博士(学位論文は『ボオドレエル研究序説』)、31年教授。従来の祖述的アカデミズムを脱し、美的感覚と広い教養に裏づけられた、機知あふれる清新な学風を確立、門下から渡辺一夫(かずお)、小林秀雄らが輩出した。評論集『信天翁(あほうどり)の眼玉(めだま)』(1922)、研究論集『仏蘭西(フランス)文学』上下(1943、46)、軽妙洒脱(しゃだつ)な随筆『さ・え・ら』(1931)、『忘れ得ぬ人々』(1939)など多くの著書、モリエール『孤客』、ボーマルシェ『フィガロの結婚』などの翻訳を残す。48年(昭和23)東大退職後は中央大学教授を務める。日本芸術院会員(1948)、文化功労者(1962)。

[横張 誠]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「辰野隆」の意味・わかりやすい解説

辰野隆
たつのゆたか

[生]1888.3.1. 東京
[没]1964.2.28. 東京
フランス文学者,随筆家。辰野金吾の長男。第一高等学校を経て 1916年東京大学仏文科卒業,31~48年東京大学教授。フランスの文化,文学に関する随筆『信天翁 (あほうどり) の眼玉』 (1922) や論文『ボオドレエル研究序説』 (29) のほか多くの翻訳により,初めて本格的にフランス文学を日本に紹介し,渡辺一夫,小林秀雄,佐藤正彰,中島健蔵らの俊秀を育成した。ほかに随筆『忘れ得ぬ人々』 (39) ,『フランス革命夜話』 (58) ,『おかめはちもく』 (61) など。 62年文化功労者。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「辰野隆」の解説

辰野隆 たつの-ゆたか

1888-1964 大正-昭和時代のフランス文学者,随筆家。
明治21年3月1日生まれ。辰野金吾の長男。大正10年フランス留学。日本人ではじめて母校東京帝大のフランス文学講座を担当。昭和6年教授,23年退官。のち中央大教授。門下生に渡辺一夫,小林秀雄,三好達治らがいる。37年文化功労者。昭和39年2月28日死去。75歳。東京出身。著作に「ボオドレエル研究序説」「さ・え・ら」など。

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367日誕生日大事典 「辰野隆」の解説

辰野 隆 (たつの ゆたか)

生年月日:1888年3月1日
大正時代;昭和時代のフランス文学者;随筆家。東京大学教授
1964年没

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