農業経営受委託(読み)のうぎょうけいえいじゅいたく

改訂新版 世界大百科事典 「農業経営受委託」の意味・わかりやすい解説

農業経営受委託 (のうぎょうけいえいじゅいたく)

一定農地の経営の主宰権を,当該農地の保有者から他の農業者等に委譲することをいう。この用語は,1970年の農地法改正と農業協同組合法改正により,農協が〈受託農業経営事業〉を営むことができるようになって以来,事業の普及とともに人口に膾炙かいしや)するようになった。受託農業経営事業の仕組みは,農協組合員等が保有農地を農協に委託し,農協がその委託農地で農業経営を行って,委託者には経営成果である純益を還元するというものであり,農地利用の権利移動の一形態にほかならない。それゆえ,法律上の手続としては,農地の権利移動を規制する農地法規定(3条1項)に基づき,委託農地について農業委員会に使用収益権の移転・設定の届出をしその許可を得る必要がある。農林水産省は,この事業の発足にあたり,上の農地法上の許可・不許可の一般的基準として,当該農協が直営で農業経営を行う体制が整備されていない場合,委託を受けた農地を他の者に再委託すると認められる場合は不許可とすべきことを通達している(1970)。

 この農協受託農業経営事業は一定の普及をみせる。しかし,上で説明した法律規定どおりに実施されることはむしろまれで,農協は委託農地の各農作業をそれぞれ独立して受託,その受託農作業を他の農業者に再委託するとの形式をとって農地法の手続を回避しつつ,実質的にはあらかじめ小作料等を約束した農地賃貸借を仲介するというのが一般的となった。厳密な法律論はともあれ,法律上の事業として展開された農協による農地賃貸借の事実上の仲介は,農地法外の農地賃貸借に半ば公認の道を開いたともいえる。それゆえ,この事業の普及に応じて,従来〈請負耕作〉などと表現されていた,農民間の農地法の手続をしていない農地賃貸借は,農協が仲介する場合はもちろん,そうでない場合にも,ある一定の期間だが,〈経営受委託〉あるいは〈経営委託〉〈経営受託〉といわれることが多くなったのである。

請負耕作は,歴史的にみると,つねに法律の規定を免れようとするものとして登場している。大正末~昭和初期,農林省は折から社会問題化していた地主・小作関係を是正するために小作法の制定を企図したが,これに対抗して戦闘的地主組合大日本地主協会〉(1925設立,本部大阪)が小作法の適用を免れるために顧問弁護士に案出させたのが,民法上の請負契約を形式上援用した請負耕作であった。農林省はこの動きを封ずるために,1931年請負耕作を小作とみなす規定を急遽入れた小作法案を議会に提出するが流産する。その後農地改革時にも,改革を免れるために自作を偽装する一手段として請負耕作が登場するが,農林省は小作とみなす姿勢を貫いて改革を推進している。

 ところで,農地改革後から1960年ころまで自作地は増加していくが,60年ころを境にして,再び農地賃貸借が活発化してくる。その農地賃貸借は,農地法上では本来届け出て許可を得るべきものであるが,農民が当時の農地法の強力な耕作権保護規定を免れようとしあるいは手続の面倒さをいとうため,法手続をしない農民間の事実上の農地賃貸借として発生し普及する。そしてこの事実上の農地賃貸借は,多くの地域で請負耕作と呼称されたのである。法律の適用を免れようとする側面では,戦前ないし農地改革時のそれと共通する。しかし,高度成長期以降の請負耕作は,農家労働力の流出と農業機械化の進展を背景に,貸主は零細規模兼業農家,借主は経営規模の相対的に大きい農業機械保有農家という特徴的傾向をもって展開し,また小作料も借主の経済採算を前提として形成されるなど,戦前期の請負耕作のみならず,当時の普通の地主・小作関係ともまったく異なる性格を有している。

1970年の農地法改正は,農地法外の農地賃貸借の上述のような性格をふまえ,それを法制化し,促進することを狙ったものであるが,すでに述べたように,その意図は十分には実現しなかった。農林水産省は,その後農地法とは別の法律のもとで,農地賃貸借がしやすい事業(農用地利用増進事業,1975発足)と制度(農用地利用増進法,1980制定,農業経営基盤強化促進法に1993改正)を整え,農協の受託農業経営事業もこの制度に吸収される。従来の請負耕作は,正規の制度のもとで進展しうる条件ができたのであるが,これに併せて法律と実態の間隙を埋める事業としての性格を有した農協の受託農業経営事業は,その意義を大幅に減じている。実際に農協の受託農業経営事業は制度としては存続しながら,運用する農協は希少例に属している。80年を境にして,農業経営受委託の表現は,農林現場ではあまり聞かれることはなくなった。農業経営受委託とは,その限りで,一定の制度上の過渡的用語としての側面を有したともいえる。
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百科事典マイペディア 「農業経営受委託」の意味・わかりやすい解説

農業経営受委託【のうぎょうけいえいじゅいたく】

請負耕作の一種で,農家が所有農地の経営の一部または全部を他の農家に委託すること。所有権は移さずに,委託農家が作物の栽培を受託農家に請け負わせ,耕地の賃料(地代)だけを耕作者から受け取る方法。1970年の農地法改正,農業協同組合法改正により,農業協同組合による受託農業経営事業が可能となり,農協から農家に再委託するものが多い。

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