所有権(読み)ショユウケン(英語表記)property
Eigentum[ドイツ]
propriété[フランス]

デジタル大辞泉 「所有権」の意味・読み・例文・類語

しょゆう‐けん〔シヨイウ‐〕【所有権】

物を全面的に支配する物権法令の制限内で、目的物を自由に使用・収益・処分できる権利。

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精選版 日本国語大辞典 「所有権」の意味・読み・例文・類語

しょゆう‐けんショイウ‥【所有権】

  1. 〘 名詞 〙 物を全面的に支配する物権。所有物を自由に使用、収益、処分することができる。財産権の中で最も基本的なもの。私有財産制の中心をなす権利であり、憲法や刑法によって強く保護されている。
    1. [初出の実例]「営業及付属物件に対しては所有権も与へざる旨を以てしたるより」(出典:朝野新聞‐明治二六年(1893)四月二八日)

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改訂新版 世界大百科事典 「所有権」の意味・わかりやすい解説

所有権 (しょゆうけん)
property
Eigentum[ドイツ]
propriété[フランス]

特定の物を排他的に支配し,使用・収益および処分の機能を有する権利。〈排他的に〉ということは,その権利を何ぴとに対しても主張しうるし,その権利を侵害された場合,排除しうることを意味する。〈支配する〉は〈請求する〉に対立し,権利行使の態様に関する表現である。債権が,特定人が他の特定人に対し一定の行為を請求する権利であるのに対し,物権に属する所有権は特定の物を排他的・全面的に支配する権利である。物とは有体物,たとえば動産・不動産をいう(民法85条)。この点で,所有権は無体物の支配権である無体財産権特許権意匠権実用新案権,商標権,著作権など)と異なる。使用,収益,処分は所有権の効力の代表的な現象を指すのであって,所有権者は,このほか,たとえば改良,担保権設定その他,いわば自分の物であるからどんなことにでもそれを使うことができる。したがって,所有権は完全な物権とも典型的物権ともいわれるのみならず,財産権の土台ひいては私有財産制度の基礎ともいわれるのである。西欧諸国において,所有権という言葉が財産という用語をもってあてられるのをみても,この間の事情を察することができる。このため,所有権絶対の原則が,契約自由の原則および過失責任の原則と並んで,近代法の三大原則とされたものである。つまり,近代社会は,所有権の絶対性を通じて保障される私的所有が起点となり,商品の生産,交換,再生産という経済活動が契約の自由により円滑に行われる。そして自由競争不法行為における過失責任の原則により背後から支えられる,というしくみとして成立し,存続するのである。

所有権の絶対性はアメリカ諸州の憲法において萌芽をみるが,明確な形態で規定されたのはフランスの人権宣言(1789)である。人権宣言17条は〈所有権は不可侵かつ神聖な権利であるから,法律によって公共の必要のために明らかにそれを要求することが認定され,かつ正当な補償が支払われるという条件の下でなければこれを奪うことができない〉と定めた。そして,このような規定の形式は,19世紀における近代諸国の憲法に取り入れられていった。日本でも大日本帝国憲法明治憲法)27条は〈日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルルコトナシ。公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル〉と定めた。そして,これをうけて,民法206条は〈所有者ハ法令ノ制限内ニ於テ自由ニ其所有物ノ使用,収益及ヒ処分ヲ為ス権利ヲ有ス〉と規定した。また,土地所有権について207条で〈土地ノ所有権ハ法令ノ制限内ニ於テ其土地ノ上下ニ及フ〉と規定した。

 所有権絶対の原則は,フランスの民法学が19世紀半ば権利濫用の法理を確立してから修正を受けるようになる。そして隣国ドイツでも,19世紀後半には社会的所有権の思想が現れて修正されるようになる。こうした所有権を制限しようとする傾向はしだいに強まった。とりわけ1919年のワイマール憲法はその153条に〈所有権は憲法によって保障される。その内容および限界は法律によってこれを定める。所有権は義務を伴う。その行使は同時に公共の福祉に役立つべきである〉と明確に定めた。19世紀的憲法において所有権は自然権とみられていたのに対して20世紀になると制度的保障としての権利へと性格が変わったのである。具体的には公共の福祉によって制限されるべき内容へと変更されている。

 日本では,判例上,権利濫用の法理が確立したのは,1935年の宇奈月温泉事件(1935判決)においてであった。これは,土地のわずかな部分に無断で湯元から湯を引く木管を通過させている者に対して,その2坪の土地を高く売りつけようとしたが拒絶されたので土地所有権に基づき木管の除去を請求した事件である。また第1次大戦後には,ワイマール憲法に規定された所有権についての思想も紹介され,浸透していった。こうして,日本国憲法29条は〈財産権は,これを侵してはならない。財産権の内容は,公共の福祉に適合するやうに,法律でこれを定める。私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用ひることができる〉と定めた。ここには,所有権も財産権の中に包含され,特別の保護を受けることはなく,また財産権はすべて公共の福祉によって制限されていることで,明治憲法との違いを看取することができる。さらに,第2次大戦後,民法は1条3項に〈権利ノ濫用ハ之ヲ許サス〉という規定を設けた。

 こうして,所有権の社会性は内外ともに承認されて今日に至っている。しかし,日本においては,所有権のなかでも土地所有権の絶対性の観念は根強く残っている。そのため,現代においては土地問題の解決の大きなネックとなっている。

 現在の土地問題とは,1960年代以降本格化した高度成長に伴って現れるに至った各種の新しい土地問題である。土地・住宅問題,スプロール的市街地形成,日照権紛争,通勤・交通問題,地下利用,防災,過密解消,大気汚染,都市再開発,産業立地,都市計画などの根底にある土地問題がこれである。これらの現代の土地問題においては土地所有権の制限が大きな課題となって登場してきた。

 土地所有権の制限は所有権の絶対性の制限である。所有権の絶対性は,大別すれば,絶対的不可侵性の制限,絶対的自由性の制限および絶対的優越性の制限に分けられる。第1は,所有権は絶対不可侵であるといわれてきたが,その制限をどうすべきかの間題である。土地公有化,土地開発権の公有化,土地収用の合理化などの具体的問題がある。第2は,近代法において所有権の行使は自由であるとされるが,これをどう制限すべきかの問題である。これについては,私法的制限と公法的制限がありうる。私法的制限としては,相隣関係,権利濫用,受忍限度,環境権などの諸法理が現れている。公法的制限は,国土利用計画法,都市計画法,建築基準法,消防法,土地区画整理法,都市再開発法,道路法,農地法,宅地造成等規制法,建築物用地下水採取規制法,文化財保護法,自然公園法など多くの行政法規のなかに存在している。第3は,所有権の優越性あるいな強大性に対する制限である。これは契約自由の原則に支えられて,所有者の立場が利用者に対して有利に現れることに対する制限ということができる。通常,借地,借家,小作において現れる地主・家主の所有権を,借地人・借家人・小作人保護の立場から,制限しようと内・外を問わず,要請されてきた。いわゆる貸借権の物権化と呼ばれる現象である。日本においては,建物保護法,借地法,借家法,農地法,地代家賃統制令などが不動産利用権者の立場を強化してきたのである。

所有権の存続期間については制限がない。所有権は消滅時効にかかることもない。所有権の取得原因は第1は承継取得である。これは売買,贈与,交換,相続,遺贈などである。第2は原始取得である。これは無主物先占,遺失物拾得,埋蔵物発見,付合,混和,加工,取得時効などである。所有権の効力としては,所有者は法令の制限内においてその所有物の使用,収益,処分をなす権利を有する。また,土地の所有権は法令の制限内においてその土地の上下に及ぶ。この点は,フランス民法と同じであり,ドイツ民法やスイス民法は,利益の存する限度において,土地所有権の効力は上空および地下に及ぶと規定している。学説は,日本の場合も,ドイツ民法やスイス民法と同様に解釈すべきであるものが多い。しかし他人の土地の上下を利用するについては,土地所有権の効力が及ぶとされるので,たとえば地下鉄を地下深く通すときでも,その土地を任意買収するか,土地収用法に基づき強制収用ないし強制使用をするか,または,任意に地下目的の地上権(これを地中権ともいう。民法269条ノ2)の設定契約を結ぶかするほかはない。土地所有権の効力は伝統的に相隣関係においては制限される。民法は,境界または近傍における建物等の築造・修繕のための隣地使用権,袋地所有者の隣地通行権,自然流水・雨水等に関する受忍義務等,界標設置権,囲障設置権,竹木・竹木の根の切除,境界線近傍の建物築造,便所の設置,水樋埋設等につき規定をおいている(209~238条)。所有権は,物権の代表的な権利であるから,物権の一般的効力であるところの物権的請求権を有する。これは所有権が侵害された場合の救済である。所有物返還請求権,所有権妨害排除請求権および所有権妨害予防請求権に分かれる。
原始取得・承継取得

一つの物を複数の人間が所有している場合を共同所有という。共同所有には3種の形態がある。第1は共有である。共有の特色は各人は持分を有し,分割請求権を有する点にある。たとえば,A,B,C3人が一定の金銭を出し合って山林を買ったとする。この場合,A,B,Cは,原則として,出資に応じて,山林に対し持分を有し,いつでも持分に応じて分割することを他の者に請求することができる。第2は合有である。合有の特色は各人は持分を有するが分割請求権を有しない点にある。民法上の組合所有財産や遺産分割前の共同相続財産が合有財産であるといわれてきた。しかし,遺産分割前の共同相続財産については近年共有説も強くなっている。むしろ,マンションなどの集合住宅の敷地の共同所有形態が合有として典型的である。敷地については,各個の区分所有権者は区分所有の広さに応じて敷地につき持分を有し持分の登記も認められている。しかし,分割請求はできないのである。第3は総有である。総有は持分も分割請求権もない点に特色がある。純粋な入会(いりあい)権による所有がこの例にあたる。民法は,以上3種の共同所有のうち,共有について規定している(249~264条)。そこで,共有が共同所有の原則であると解されている。

 なお,社会主義社会における所有権については〈社会主義〉[経済],〈社会主義法〉などの項を参照されたい。
財産権の不可侵 →私有財産制
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「所有権」の意味・わかりやすい解説

所有権
しょゆうけん

物を自由に使用・収益・処分できる物権(民法206条)。所有権以外の物権が、土地を耕作するとか、競売をして債権の弁済にあてるとか、一定の目的で一定の範囲においてしか物を支配しない権利(制限物権)であるのに対して、所有権は物を全面的に支配する権利である。物権のなかでもっとも強力な権利であり、私有財産制度の中核をなす。所有者は、目的物を自ら使用することができるほか、対価を得て他人に利用させることも、担保に入れることも自由である。後の二つの場合には、所有権の行使が制限されることになるが、この制限は一時的なものにすぎず、いずれはもとの完全な姿に戻るべきものと考えられている(これを所有権の弾力性という)。また、所有権は、これを行使しなくても、他の権利のように時効によって消滅しないものとされている(これを所有権の永久性という)。しかし、このような所有権の観念は、歴史の過程のなかにおいてつくられたものであり、古今を通じて不変のものであるわけではない。封建制度の時代には、物とくに土地について、ある人の全面的な支配権が認められることはほとんどなく、あるいは領主や貴族のさまざまな特権によって拘束を受け、あるいは共同体の規制によって制限されていた。それらの制限拘束が撤廃され、自由な所有権が確立したのは近代になってからである。フランスの人権宣言(1789)では、所有権は「不可侵にして神聖な」権利として市民の基本的な権利の一つと考えられた。このように所有権を絶対的なものとする考え方は、当時発展しつつあった資本主義経済の要請にもこたえるものであった。しかし、資本主義経済が進み、社会的な諸矛盾が発生すると、所有権の絶対性にも疑問がもたれてきた。今日では、所有権といえども無制約の天賦人権の一つなのではなく、社会的目的によって内容を規定され、その行使が限界づけられる権利にすぎないと解されている。

 日本の憲法においても、所有権は強く保障されているが(29条1項・3項)、その内容は公共の福祉に従うものとして制限されているし(29条2項)、民法でも、所有権の行使は法令の制限に服するものとされている(206条)。そのほか、所有者が所有権をその社会的目的に反して行使するような場合には、権利の濫用として違法となることもあり(民法1条3項)、文化財保護・産業育成・都市計画・公共事業などの目的のために、私人の所有権を制約する立法もしだいに多くなりつつある。

 なお、所有権が所有権者以外の者によって侵害され、あるいは侵害されそうな場合には、所有権に基づくいろいろな請求権によって救済される。

[高橋康之・野澤正充]

所有権の取得

所有権を取得する態様には、時効取得・無主物先占・添付(てんぷ)のように他人の権利に基づかないで取得する原始取得と、売買・贈与などの契約により、あるいは相続によるなど、他人の権利を承継する承継取得の二つがある。日常われわれが所有権を取得するのは、後者による場合が多い。わが国では、契約によって所有権を移転する場合には、所有権移転の意思表示だけで足り、登記などの方式は、所有権の移転を第三者に対抗する手段にすぎないとされている(民法176条~178条)。相続の場合には、被相続人の財産は被相続人の死亡と同時に相続人に移転する(同法882条・896条)。なお、相続人が複数のときは共有となる(同法898条)。

[高橋康之・野澤正充]

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百科事典マイペディア 「所有権」の意味・わかりやすい解説

所有権【しょゆうけん】

物を全面的に支配できる物権で,所有者は法令の制限内においてその所有物を自由に使用・収益・処分できる(民法206,207条)。財産権の中心をなす。地上権永小作権などによって制限されることがあっても,これらの制限は有限であるから,所有権は全面的支配に復する弾力性を有する。近代の所有権は自由な所有権として確立され,私有財産制の基礎をなす。20世紀に入ると所有権は公共の福祉による制約を受けるものとされ,所有権の行使は権利濫用の法理によって制約されることがある。
→関連項目取得時効制限物権占有権滌除持分

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「所有権」の意味・わかりやすい解説

所有権
しょゆうけん

法律的には,特定の物を直接かつ全面的に支配しうる権利をいう (民法 206) 。私有財産制度の中核的存在である。物に対する人の現実的支配関係は古くから一定の法律的保護を受けてきた。しかし,近代的所有権の特徴は,(1) 支配しうる権能として現実的支配とは無関係に存在し (観念性) ,(2) 所有者個人の完全な独占的支配権であり (私的性質) ,(3) また不可侵なものとされているところにある。それゆえ,その侵害に対しては妨害排除請求権 (いわゆる物権的請求権) が認められ,それは消滅時効にはかからない。所有権の制限としては,(1) その制限が所有者の意思に基づく場合 (地上権,抵当権などの制限物権の設定) ,(2) 法律の規定に基づく場合 (たとえば不動産の所有権者の相隣関係) ,(3) 法律の解釈適用に基づく場合 (権利濫用理論など) がある。

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世界大百科事典(旧版)内の所有権の言及

【知行】より

… このように,知行は中世の所有法体系にとって中核的意味をもったので,これまで法制史学上,その法的性質をめぐって論争がくりひろげられてきた。この時代には,近代法にあるような抽象的な所有権の観念がなく,ひとびとは〈○○職が何某の所有権に属する〉とか〈○○職について何某が所有権をもっている〉とかいういい方はせず,〈何某が○○職を知行する〉〈何某が知行する○○職〉と表現した。ある職の帰属をめぐって,現実の知行者=〈当知行〉者(A)と取り戻そうとする者=〈不知行〉者(B)との間に紛争が起きたとき,Bは〈Aの知行には由緒がなく,自分に知行すべき由緒がある〉という趣旨の請求をし,Aは〈自分の知行には由緒がある〉と反論して争い,裁判所は〈A(またはB)が知行すべきである〉という判決を下すのが一般的であった(年紀法)。…

※「所有権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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