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近藤悠三 こんどう ゆうぞう

美術人名辞典の解説

近藤悠三

陶芸家。京都生。本名は雄三。京都市陶磁器試験場付属伝習所のロクロ科を卒業後、河井寛次郎浜田庄司富本憲吉らに師事。帝展文展で入選を重ね、活躍。また晩年に赤絵金彩壷や金彩赤地皿・呉須染付などの連作を完成させた。日本工芸会参与。京都市立芸術大学名誉教授・同大学長。京都市名誉市民。勲三等瑞宝章・紫綬褒章受章。人間国宝。昭和60年(1985)歿、83才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

近藤悠三 こんどう-ゆうぞう

1902-1985 昭和時代の陶芸家。
明治35年2月8日生まれ。富本憲吉の助手をつとめ,昭和3年帝展入選。染付(そめつけ)磁器を中心に作陶。40年京都市立美大(現京都市立芸大)学長。52年染付で人間国宝に認定された。昭和60年2月25日死去。83歳。京都出身。京都市立陶磁器試験場付属伝習所卒。本名は雄三。作品に「山水染付壺(つぼ)」「梅染付大皿」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

近藤悠三
こんどうゆうぞう
(1902―1985)

陶芸家。本名雄三。京都生まれ。京都市立陶磁器試験場の付属伝習所でろくろを学ぶ。1921年(大正10)から3年間、奈良県安堵(あんど)村(現安堵町)において富本憲吉の助手となり、彼の作陶方針が決まった。京都に戻ると清水(きよみず)に居を構え、28年(昭和3)に帝展に入選してから作家としての地歩を固めた。彼の本領はあくまで磁器に発揮されており、染付を本領とし、柘榴(ざくろ)、葡萄(ぶどう)、梅、松、山水、詩文などに題材を求め、大胆豪放な画境を開いた。赤絵や金彩も円熟の境を示し、濃麗な大装飾画面を展開した。58年(昭和33)から京都市立美術大学で教え、同大学学長、京都芸術大学学長などを歴任。77年には「染付」の重要無形文化財保持者に認定された。[矢部良明]

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