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近衛秀麿 このえ ひでまろ

美術人名辞典の解説

近衛秀麿

指揮者・作曲家。東京生。篤麿の次男、文麿の次弟。山田耕作に師事して作曲を学び、ヨーロッパに渡って作曲理論と指揮法を修めた。帰国後、今日のNHK交響楽団の基礎を確立した。その後欧米で活躍し、戦後はオーケストラの育成と美しい音響の探究に情熱を傾けた。昭和48年(1973)歿、75才。

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百科事典マイペディアの解説

近衛秀麿【このえひでまろ】

指揮者,作曲家。近衛篤麿の次男。兄は近衛文麿山田耕筰に作曲を学び,1923年−1924年のヨーロッパ留学中にはパリでダンディに作曲を,ベルリンでE.クライバーらに指揮法を学ぶ。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

近衛秀麿 このえ-ひでまろ

1898-1973 昭和時代の指揮者。
明治31年11月18日生まれ。近衛篤麿(あつまろ)の次男。近衛文麿(ふみまろ)の弟。大正12年渡欧,作曲,指揮をまなぶ。15年新交響楽団(現N響)を,昭和27年近衛管弦楽団(のちのABC交響楽団)を結成,日本のオーケストラの基礎をきずく。欧米各地にも客演し,歌曲「ちんちん千鳥」の作曲,「越天楽(えてんらく)」の編曲などでも知られる。芸術院会員。昭和48年6月2日死去。74歳。東京出身。東京帝大中退。

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江戸・東京人物辞典の解説

近衛秀麿

1898〜1973(明治31年〜昭和48年)【指揮者・作曲家】黎明期の日本クラッシックを育てた。 雅楽を活かした「越天楽」が国際的に評価される。大正・昭和期の指揮者・作曲家。近衛篤麿の子、文麿の異母弟。東京都出身。東大中退後1923年(大正12)渡欧し、ベルリンフィルを指揮。1925年帰国後、山田耕筰と日本交響楽協会を創立。さらに1926年(昭和元)新交響楽団(現、NHK交響楽団)を主宰。1936年活動拠点を海外に移し国際的に活躍、「プリンス・コノエ」と呼ばれた。帰国後も近衛管弦楽団を設立するなど戦後日本の交響楽団促進に貢献。主要作品に「越天楽(えてんらく)」、童謡「ちんちん千鳥」。

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世界大百科事典 第2版の解説

このえひでまろ【近衛秀麿】

1898‐1973(明治31‐昭和48)
指揮者,作曲家。政治家文麿の弟,雅楽研究家直麿の兄。作曲を山田耕筰に学び,1923年ヨーロッパに留学し,E.クライバーらに指揮法を学ぶ。国内・国外における演奏活動は1920年代半ばから70年代初めまでほぼ半世紀におよび,とくに1927年に新交響楽団(現,NHK交響楽団)を創設して以来,持続的に日本のオーケストラを育成した功績は大きい。またベートーベン,モーツァルト,マーラー等の交響曲のいくつかが,昭和初期に彼の指揮で本邦初演されている。

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大辞林 第三版の解説

このえひでまろ【近衛秀麿】

1898~1973) 指揮者・作曲家。篤麿の子、文麿の弟。東大中退。ダンディらに作曲を、 E =クライバーらに指揮を学ぶ。山田耕筰に師事し、山田とともに日本交響楽団を創立。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

近衛秀麿
このえひでまろ

[生]1898.11.18. 東京
[没]1973.6.2. 東京
音楽指揮者,作曲家。篤麿の次男。ドイツに留学し,E.クライバーに師事。 1925年山田耕筰と日本交響楽協会 (NHK交響楽団の前身) を設立。 48年日本芸術院会員。代表作品に,雅楽『越天楽』のオーケストラ編曲など。主著『風雪夜話』。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

近衛秀麿
このえひでまろ
(1898―1973)

指揮者、作曲家。政治家文麿(ふみまろ)異母の弟、雅楽研究家直麿の兄。東京生まれ。東京帝国大学文学部中退。1923年(大正12)に渡欧し、ダンディ、E・クライバーらに作曲と指揮を学んだ。25年に山田耕筰(こうさく)と日本交響楽協会を創設するが、翌年分裂・改組して新交響楽団(NHK交響楽団の前身)を結成、以後10年間同楽団を主宰・指揮した。12回にわたり欧米に演奏旅行を試み、90余の交響楽団を指揮。第二次世界大戦後は、52年(昭和27)に近衛交響楽団(56年にABC交響楽団に改組)を組織。生涯にわたって日本のオーケストラの普及に尽力し、モーツァルト、ベートーベン、マーラーなどの交響曲の日本初演も多く手がけた。48年芸術院会員。作曲作品に『御大典交声曲』、童謡『ちんちん千鳥』、『越天楽(えてんらく)』の編曲などがある。[川口明子]

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世界大百科事典内の近衛秀麿の言及

【NHK交響楽団】より

…日本を代表する交響楽団で,1926年東京で日本放送協会の援助のもとに新交響楽団(新響と略称)として発足。初代指揮者は近衛秀麿で,翌27年定期演奏会を開始。36年ローゼンストックを常任指揮者に迎えるに及び飛躍的にその質を向上。…

【レコード】より

…これによって,これまで輸入に頼っていた洋楽レコードが原盤の供給を受けて国内プレスされるようになり,日本の音楽界の西欧化に強力な影響を及ぼした。その中で,30年近衛秀麿指揮,新交響楽団によるマーラーの《交響曲第4番》(パーロフォン)は,マーラーの交響曲の世界初の全曲録音であった。1927年に《レコード音楽》誌が創刊,この時期からレコード批評もおこった。…

※「近衛秀麿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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