日本大百科全書(ニッポニカ) 「通貨発行特権」の意味・わかりやすい解説
通貨発行特権
つうかはっこうとっけん
international seigniorage
本来の意味は、発行する通貨の額面と発行費用の差額を得ることのできる権利のこと。中世のヨーロッパの領主がその特権を有していたため、領主のよび名のシニョール(seignior)にちなんで「シニョリッジ」とよばれている。日本の江戸時代に、幕府が悪貨改鋳で莫大(ばくだい)な利益を得たのは、その一例である。
今日では、国際金融論における国際通貨発行国、とくに基軸通貨発行国のもつ特権をさしている。今日の国際通貨体制は、特定の国の国民通貨を国際通貨として使用する制度を採用しているため、その国(中心国あるいは基軸通貨国)だけがその他の周辺国にない特権をもつという非対称的なシステムとなっている。
基軸通貨国であるアメリカを例にとると、最大の特権は、相手国がドルを受領してくれる限り、経常収支の赤字が自動的にファイナンス(資金の融通)できることである。他の国が海外から必要商品を輸入したい場合は、代金支払いに必要な外貨を入手する、すなわち、輸出努力をするか、一時的に外貨借入れをする以外にない。しかし、アメリカは豊富な自国通貨のドルを支払うことにより、輸出以上の輸入ができるだけではなく、通常その支払い代金はアメリカの銀行にある輸出国の口座に入金されることになる。これはアメリカの対外短期債務であり、自動的に借金でいくらでも輸入ができるということで、「債務決済」とよばれている。さらに、この預金口座からアメリカの国債や株式へ投資がなされるわけであり、ほぼ自動的に経常収支の赤字分はアメリカの金融資産(預金、債券、株式等)への資金流入(アメリカの資本収支黒字)としてファイナンスされる仕組みになっている。
この特権に付随して、(1)自国通貨で対外決済が可能であり、為替(かわせ)相場の安定が必要な場合も、ほとんど市場介入は相手国が行ってきため、最終的な対外決済や介入資金としての外貨準備をほとんど保有する必要がない、(2)アメリカはあたかも世界の銀行としての役割を担うことになるため、周辺国に対して「長期貸し、短期借り」という銀行の特性をもち、長期と短期の金利差を収益として享受できる、(3)自国通貨のドルでの国際取引ができるため、為替リスクから解放される、(4)国際金融・資本取引もドルで盛んに行われることから、アメリカの金融機関は大きなビジネスチャンスを享受できる、というメリットを得られる。
本来はこうした特権をもつ基軸通貨国は、節度ある経済運営を行い通貨価値の安定を確保するという義務を負っている。
[中條誠一]