直立二足歩行(読み)ちょくりつにそくほこう(英語表記)upright bipedalism

日本大百科全書(ニッポニカ) 「直立二足歩行」の意味・わかりやすい解説

直立二足歩行
ちょくりつにそくほこう
upright bipedalism

脊柱(せきちゅう)を直立させ、頭部をその上端にのせ、左右のかかとを交互に着地させつつ、できうるかぎり膝(ひざ)を伸ばして、二本の下肢で歩くこと。直立姿勢とともに人類を人類たらしめた特徴である。二足歩行は他の動物も可能であり、クマやサル類人猿もこれを行うことができるが、長距離を歩くことは困難である。カンガルーは二本足で移動するが、跳躍であって、歩行ではない。鳥類は二本足で歩けるものが多いが、その際、脊柱は水平に近い。ペンギンのみが脊柱を直立させるが、腰と膝が大きく曲がり、その歩行は遅く、ぎごちなく、腹ばいの地上滑走や遊泳など他の方法による移動方法のほうが迅速(じんそく)かつ容易である。

 常習的に長距離の二足歩行を行えるのは人類だけである。人体は直立二足歩行に適した特徴を諸所に示している。脊柱が軽く前後にS字状に屈曲しているため、歩行にあたり、かかとが着地したときの衝撃が脳に伝わることを和らげ、また、足部内側の骨の連結アーチ状をなし、土(つち)ふまずをつくるため、この骨のアーチはばねとなり、足の運びを円滑にしている。上肢に比べて長くて頑丈な下肢や、幅広で頑健なつくりの骨盤は二足歩行を強化している。左右の膝の接近は歩行時の横揺れを防ぐ。全身の筋肉の協調運動を可能にした運動神経中枢が発達していればこそ、直立二足歩行が可能になった。直立二足歩行のおかげで、上肢は前進運動から解放され、人類独特の各種作業に携わることができるようになった。

 直立二足歩行の起因として諸説があるが、いずれにしてもサルの段階での樹上生活習熟が前提となっている。350万年ないし400万年の昔、人類進化の過程においてほぼ完全な直立二足歩行が出現したと考えられている。

[香原志勢]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「直立二足歩行」の意味・わかりやすい解説

直立二足歩行 (ちょくりつにそくほこう)
upright bipedalism

体幹を直立させ,後肢(下肢)だけを用いて歩行する移動運動。日常的に二足歩行する動物は少なくないが,体幹の直立を伴うものは稀で,現生霊長類ではヒト,現生動物全体でもペンギンしか見られない。腰,膝の関節が十分に伸びるという条件を加える定義もあるが,その場合はペンギンも除かれる。ヒトの二足歩行の特徴には,立脚期に足が踵から接地し,立脚期の終わりに母指によるけり出しがあること,歩行周期を通じて膝関節がよく伸展し,立脚期の終わりには股関節が過伸展を起こし,大腿が体軸を超えて後方まで伸展する点がある。これをストライド歩行と呼ぶ。ストライド歩行によって,立脚期の前半では体重心の上昇,後半では下降が起きる。これは,倒立振子機構と呼ばれ,運動エネルギーと位置エネルギーの交換により,効率的な歩行を可能にしている。直立二足歩行の進化原因は全く不明である。多くの仮説が唱えられているが,推論の域を超えず,確固たる証拠を伴う説は存在しない。一般には,食料あるいは道具などの運搬に伴って進化したという仮説が有力である。日常的な直立二足歩行は人類の定義として用いられ,現在,600万年前の初期猿人までさかのぼって知られている。ストライド歩行がいつから行われるようになったかについては,議論が分かれているが,少なくとも440万年前のアルディピテクス・ラミダスArdipithecus ramidusでは行われていなかった。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「直立二足歩行」の意味・わかりやすい解説

直立二足歩行
ちょくりつにそくほこう
erect bipedalism

人類において獲得された前進運動の方法。類人猿やニホンザルなどでも,これを行うことができるが,常習としているものではなく,歩行中も膝が曲るなど,安定性を欠く。したがって直立二足歩行こそ,最も人類的な特徴と考えられており,骨格などもそれに適合した構造になっている。すなわち,骨盤は横に幅広く,上体を支えることができるほど大きくなり,下肢,特に大腿骨が長い。大後頭孔は頭蓋底部中央に水平に位置するようになり,脊柱が頭を支えやすくなっている。直立二足歩行の結果,手が自由になって,道具使用が可能となり,今日の人類文化が生み出されるにいたった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

知恵蔵 「直立二足歩行」の解説

直立二足歩行

胴体と脚を直立させて、体重を支え、歩き、走ること。人類の最重要な特徴であり、自由になった手が文化を生み出すための基盤となった。全身が直立するために、重心線が頸から足までの各関節の近くを通るので、筋肉をあまり使わずに体重を支えることができる。直立二足歩行は、猿人の時代に獲得され、原人の時代に事実上完成した。

(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

世界大百科事典(旧版)内の直立二足歩行の言及

【猿人】より

…歯は犬歯を含めて前歯部で小さく,それに対して臼歯部で(特にがんじょうな猿人で)かなり大きいのが特徴的である。脳頭骨の大孔(大後頭孔)が比較的前方に位置し,かつ下方を向いていて,そこに背骨(脊柱)がほぼ垂直についていたことを物語っていること,また腰の骨(骨盤)の形が現代人の場合に似て比較的幅広いことなどから,基本的には直立二足歩行をしていたと推定されている。レトリで発見された今から約350万年(ないし375万年)前のものとされる足跡にも,二足直立歩行をしていた状態を示すものがあり,猿人の時代も早い時期に,人類の直立二足歩行がすでに行われていたことを物語っている。…

【サル(猿)】より

…つまり,サルは樹上に生活の場を得てサルとして完成されたのち,あるものは再び地上に向かったのである。とくにヒトの祖先は,この地上生活への再適応を直立二足歩行という新たな移動様式の獲得によって成し遂げたと考えることができ,このような視点からサル類の移動様式(ロコモーション)の進化とヒトの直立二足歩行の起源が検討されている。 サルの主要な食物は植物であるが,多くのものが雑食の傾向をもつ。…

※「直立二足歩行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

世界の電気自動車市場

米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...

世界の電気自動車市場の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android