内科学 第10版 「遺伝性ポリポーシス」の解説
遺伝性ポリポーシス(消化管ポリポーシス)
a.家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis:FAP)
ⅰ)原因遺伝子
常染色体優性遺伝を示し,APC遺伝子がその原因遺伝子として同定されている(Nishisho ら,1991).APC遺伝子は,5番染色体の長腕21(5q21)に存在する.本疾患では加齢に伴いほぼ100%発癌するため,加療しなければ癌死する腫瘍性疾患である.
ⅱ)診断のポイント
1)家族歴の聴取:
家系内の家族性大腸腺腫症や大腸ポリープの患者の確認は重要である.ただし,30~40%のFAP患者では家系内にFAPを認めない.すなわち,これらは突然変異をきたした症例である.患者は若年で発症していることが多い(通常は10~15歳で発症).罹患者の家族で10~15歳の子どもに対しては,親の承諾と同意,また,子どもに対する希望などを確認して,内視鏡検査を行う.多発性の腺腫が発見されれば,FAPとほぼ確実に診断される.
2)症状:
下血,血便が多く,下痢,腹痛がこれに続く.これらの症状を訴える患者に大腸内視鏡検査を行い大腸に多数のポリープを認め組織学的にこれらのポリープが腺腫であることが確認できたときに本症を疑う.簡便には直腸からS状結腸までの内視鏡検査によって本症を診断することができる.さらに大腸癌の合併の有無を診断しなければならない.
3)腺腫の数:
通常,100個以上の腺腫が発見されればFAPの診断がなされる.100個以下であっても,色素散布法を用いた拡大大腸内視鏡検査を施行することによって,微小な腺腫を多数発見してFAPの診断がなされることもある.50歳以上の患者で腺腫が100個以下である場合には,特殊なFAPのタイプ(attenuated FAP)である可能性もあり,綿密な家族歴の聴取が必要である(松本ら,2004).attenuated FAPは,APC遺伝子変異を伴うが,腺腫の数が少なく,発症も遅く50歳代で診断されることが多い.放置された場合の大腸癌の発生率は,100%には達しないとされている.
4)合併病変:
家族性大腸腺腫症には,胃底腺ポリープ(癌化することはまれ),十二指腸腺腫・癌,皮様囊腫,骨腫,デスモイド,網膜色素上皮肥大,その他多彩な大腸外病変が発生しうる(表8-7-2).これらの大腸外病変の合併とAPC遺伝子の変異部位との関連の報告があり,genotype-phenotype relationship(遺伝子型-表現型関連)として注目されている(松本ら,2004).大腸全摘がなされたFAP患者の術後長期経過中に,十二指腸癌やデスモイドが死亡原因となることもある.Gardner症候群は,皮様囊腫,骨腫,デスモイドなどを合併しているFAPに対して用いられる診断名であったが,現在では,Gardner症候群を独立した疾患単位とせずに全体をFAPとしてまとめて論じられることが多い.
ⅲ)治療計画
1)手術:
家族性大腸腺腫症は放置すれば100%大腸癌が発生すると考えられているため,診断が確定すれば大腸癌の合併の有無にかかわらず外科的治療の対象となる.年代別罹患率を考え,予防的大腸切除は20歳以後に行うのがよい.ただし,非密生型でポリープが小さい場合には,30歳をこえるまで経過をみることもある.術式としては,結腸全摘-回腸直腸吻合術や大腸全摘+回腸肛門(管)吻合術がある.後者は前者に比較して,術後合併症や排便機能低下などの頻度がやや高いがより十分な治療となる.両者とも腹腔鏡補助下手術が施行されることもある.結腸全摘-回腸直腸吻合を選択する場合は非密生型であることが必要条件であるが,この場合直腸が残るので,術後に定期的内視鏡検査と内視鏡による腺腫の摘除が必要となり,定期的検査を怠ると直腸癌が発生することがあるので注意を要する.attenuated FAPでは,腺腫の数が少ないため,手術方法としては結腸全摘-回腸直腸吻合術が推奨されている.
2)合併病変の治療:
十二指腸腫瘍,デスモイド腫瘍の発生などに対しての生涯にわたるサーベイランスが必要である.デスモイドは,FAPにおける大腸癌の次に頻度の高い死亡原因である.デスモイドは,小腸間膜や腹壁に生じる.小腸間膜のデスモイドは,手術に先行して生じることもあるが,腹壁のデスモイドは,手術後に発生することが多い.これらのデスモイド腫瘍は,小腸閉塞をきたしてそれが致命的となることがある.十二指腸癌(乳頭部癌)の発生頻度は,それほど高くはないが,定期的な内視鏡検査を必要とする.
3) 薬剤治療:
手術適齢期に至るまでの間の大腸腺腫に対する治療,手術後の残存直腸に発生する大腸腺腫に対する治療,また,十二指腸腺腫に対する治療として,NSAIDsが使用されることがある.薬物療法は現在のところ,効果,安全性,副作用の面でいまだ確定したものはない.スリンダク,インドメタシン,セレコキシブ(COX2 阻害薬)などのNSAIDsがポリープの減少効果,また,術後の残存直腸のポリープ,癌,デスモイド発生の予防に有効であることが報告されている.また,デスモイドに対しては,その他の薬剤として,抗エストロゲン薬,化学療法薬(抗腫瘍薬)などが用いられる.
ⅳ)専門医への紹介,遺伝子カウンセリング
遺伝性疾患であり社会的な問題を伴いやすく,診断がついた初期から外科医や遺伝カウンセリング専門医などとの綿密な連絡が必要である.患者本人に対する全身的なサーベイランスと,家族に対する家系サーベイランスの必要について説明する.FAP患者における大腸癌の終生罹患率は100%近くに達するため,癌予防的手術の必要性を十分に説明する.社会的,精神的な問題を含み,患者への説明には慎重な態度が要求される.
b.その他の遺伝性ポリポーシス
ⅰ)Turcot症候群
大腸ポリポーシスと中枢神経腫瘍が合併する.20~30歳代で癌を合併する頻度は70~100%との報告もありFAPに準じて大腸全摘術を行う必要があると考えられるが,脳腫瘍の治療も考慮に入れて行う必要がある.常染色体性劣勢遺伝と考えられており,血族結婚の家系に発生することがある.
ⅱ)MYH関連ポリポーシス(MAP)
大腸に多数の腺腫が発生する点でFAPに似た表現型を呈するが,MYH(MUTYH, mutY Homolog) 遺伝子の変異によって発生する大腸ポリポーシスである.2002年にMYH遺伝子の同定がなされ,1番染色体短腕に位置することが明らかとなった.遺伝形式はFAPと異なり,常染色体性劣勢遺伝である.大腸に発生する腺腫の数は5~750個,平均50個とされており,FAPと比較すると少数である.MAPでは診断される平均年齢は48歳でFAPと比較して診断時の年齢が高い傾向がある.腺腫の数や発症年齢などの表現型は,attenuated FAPに類似している.また,診断時におよそ50%の症例に大腸癌が発生しているとの結果が報告されている.大腸癌の多くは左側大腸に発生しており,多発性の傾向を示す.
ⅲ)Peutz-Jeghers症候群
口唇,口腔粘膜,四肢末梢部の色素班を伴う消化管ポリポーシスである(図8-7-2).ポリープは全消化管に発生する.組織学的には過誤腫であるが,そのなかに腺腫性変化や癌が発生することがある(Giardiello ら,2000).小腸癌や大腸癌の症例が報告されている.遺伝形式は,常染色体性優性遺伝とされている.LKB1/STK 11が原因遺伝子であるとされている.
ⅳ)若年性ポリポーシス
若年性ポリープが多発するポリポーシスであり遺伝性と非遺伝性の症例がある.組織像では異型のない腺管の増生,囊胞形成,間質浮腫が特徴である.特に遺伝性の症例では,過誤腫の一部に悪性変化をきたすものがある.遺伝性の若年性ポリポーシスの原因遺伝子としては,Smad 4 遺伝子があげられている.
ⅴ)Cowden病
顔面の多発性丘疹・口腔内粘膜乳頭腫,四肢末端の角化性丘疹などの皮膚病変と,多発性消化管ポリープを認める疾患である.消化管ポリープの組織所見としては,過形成,過誤腫,炎症など,多彩な変化が認められる.悪性腫瘍の合併が40%と高率で,特に女性では乳癌,甲状腺癌の合併が多い.PTEN 遺伝子(10q22-23)が責任遺伝子として同定されている.[小西文雄]
■文献
Giardiello FM, Brensinger JD, et al: Very high risk of cancer in familia Peutz-Heghers syndrome. Gastroenterology, 119: 1447-1453, 2000.
松本主之,矢嶋律子,他:家族性大腸腺腫症の臨床徴候と遺伝子変位の関係.胃と腸,39: 1099-1112, 2004.
Nishisho I, Nakamura Y: Mutation of chromosome 5q21 genes in FAP and colorectal cancer patients. Science, 253: 665-669, 1991.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報