都水園 石翁(読み)トスイエン セキオウ

20世紀日本人名事典の解説

明治期の狂歌師



生年
嘉永3年(1850年)

没年
大正10(1921)年10月21日

出生地
大阪府

本名
横田 甚右衛門

経歴
大坂の貧家に生まれる。都水園石翁・黄木紫石・硯廼家石面とも称し多くの狂歌を詠んでいるが、一合庵半酔・猪口山人など酒に因んだ別号も持つ。幼少から硯商家に丁稚として奉公、23歳の時に独立して材木町(現・中央区)に硯商の店舗を起こした。良品廉価の商いで繁盛し、その後移転の度に店舗を拡大した。地域の活性化にも努め、公益事業への募金、地元小学校の改築にも貢献、商店組合などの役職にも就いた。一方、文雅風流を好み、余暇には和歌・俳句・絵画を学び、狂歌は特に愛好し才能にも恵まれ、「都鳥社」の有力同人として名声を得、混沌軒国丸(玉雲斎貞右)を祖とする丸派の判者として活躍。「商業のさすが土地なり大阪は城にもかかる算盤の橋」は代表作の一つである。還暦後は事業から手を引き、各地を旅行しては狂歌を詠み、ユニークな自画を添えるなど画もよくした。詠吟数千首に達し、皮肉も風刺も無く、時流を超越した、悠然とした内容が特色とされる。辞世は「極楽か行くは地獄かしらま弓いて見た上のことにしておこ」。浪華最後の狂歌師と呼ばれる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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