酸性の紙。抄紙に先だって、完全紙料の調製の際に、にじみ止めと耐水性を調整するためロジン(松脂(まつやに)を精製して得られる樹脂)による酸性サイズ(にじみ止めなどの加工)を施した洋紙あるいは板紙。従来の一般の紙が該当するが、長年月の保存に耐えず、1980年(昭和55)ごろから文書の保存などで社会問題となった。
和紙の保存性はきわめてよい。正倉院の宝物として紙に書かれた古文書が千数百年もたった今日なお保管されている。そのため日本では、永久保存はともかく、徐々に劣化するにしても、紙は虫やカビの害を防げれば、きわめて長年月の保存に耐えるものと一般に信じられてきた。しかし世界各国の国立図書館や公文書館などの大きな蔵書をもつ書庫で、数十年たった洋書や洋紙に書かれた古文書の劣化がかなり進んでおり、100年もたった図書はぼろぼろで、ほとんどページをめくるのも困難なほどに傷んでしまっている事実が相次いで報告された。それは歴史的に、それまで行われていた膠(にかわ)サイズにかわり、1807年に発明されたロジンによる酸性サイズが普及し始めた時期に符合している。このようにして、いわゆる酸性紙が一般に使われるようになってから紙の劣化が著しいことが明らかにされ、この期間に刊行された図書や記録のいっさいが消滅の危機にあることが指摘されるに及んで大きな問題となったのである。
今日、洋紙、板紙の原料は木材パルプがほとんどであり、一部ではミツマタ(三椏)、アバカ(マニラ麻)および藁(わら)などの非木材パルプもごく少量使われている。いずれにせよパルプの主成分はセルロースで、紙を製造する際は水を加えて離解(パルプを単繊維状態になるように分散させること)し、叩解(こうかい)(パルプを水中でたたいて、各単繊維をもとの繊維体より細い糸状体にすること)し、均一に分散させ、通常これに紙の不透明度を増加させるための填料(てんりょう)や色を付けるための色料、その他各種助剤を加えて完全紙料とする。完全紙料を希釈し、金属またはプラスチックの網などの上で薄い層に抄(す)き上げて乾燥して紙とするが、そのままでは耐水性に乏しく、墨やインクで書けばにじむので、通常、耐水性膠質(こうしつ)物でにじみ止めを行う。これをサイジングまたはサイズという。したがって濾紙(ろし)や吸取紙のような紙にはサイジングを行わない。
[御田昭雄 2016年4月18日]
サイジングに用いる耐水性の膠質をサイズ剤という。ロジンをアルカリで処理してロジンせっけんとし、抄紙に際してはパルプを水に分散してロジンせっけんと硫酸アルミニウムとを混ぜることにより、ロジン酸アルミニウムと少量の硫酸が生成し、液は酸性となり、ロジン酸アルミニウムは不溶化してパルプの表面を覆うようになる。得られた酸性の紙は適度の耐水性をもつ。このようにして製造された紙の強度は、100℃の温度での24~48日間の保存試験の結果、急速に低下した。とくに耐折強度の低下は著しく、まったくぼろぼろになり使えない状態になったとの実験例が報告された。保管する温度が低くなるにしたがって劣化に要する時間は長くなり、常温であれば50~100年かかって今日の書庫にあるような劣化した状態になるとされている。
[御田昭雄 2016年4月18日]
酸性紙でつくられた蔵書の劣化を止めるため、密封できる倉庫に本をまとめて入れ、アンモニアガスを導いて酸を中和する方法などいくつか提案され、一部で実施されている。一方、すでにぼろぼろになった本に対しては1ページごとの裏打ちや、マイクロフィルムによる複写や電子情報化による保存などの作業も行われている。根本的な対策として、筆記用紙や印刷用紙のように長期の保存性が求められる紙の製造に際しては、中性のサイズ剤を施した中性紙に切り替えられている。
[御田昭雄 2016年4月18日]
『紙パルプ技術協会編・刊『紙パルプ便覧』(1992)』
出典 図書館情報学用語辞典 第4版図書館情報学用語辞典 第5版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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