平安宮の朝堂院の南にある朝集殿院の南門をいう。もともと大伴氏が守ったもので大伴門とも称された。平安宮の場合には,応天門の南には宮城十二門(宮城外郭にある)の一つである朱雀(すざく)門が別に存在した。ところが藤原宮の発掘成果では,朝集殿南方には宮城門(南面中央門)が一つしかないことが判明した。したがって,藤原宮南面中央門は応天門とは別個の朱雀門はなく,応天門(大伴門)と呼ばれた門が一つだけあった可能性がある。また,平城宮の場合については,平安宮の応天門推定位置には門跡が確認できていないため,あるいは藤原宮と同じく応天門が南面中央門の門号であった可能性が残っている。ただし,その場合《続日本紀》では朱雀門とみえるので朱雀門は応天門の別称か,あるいは《続日本紀》の追筆かもしれない。平安宮の応天門は5間3戸の重層の門で,その絵は《伴大納言絵詞》に描かれている。
執筆者:鬼頭 清明
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