飲用の湯を沸かす鋳鉄製の,注口(つぎくち)とつる(提梁)をもった器。茶の湯釜の一種に,三足の釜に注口を設け肩の常張鐶付(じようばりかんつき)につるをつけた手取釜(てどりがま)があり,現在の鉄瓶の祖型と考えられている。1554年(天文23)に著された《茶具備討集》には〈手取,土瓶也,必有口〉とある。また佐野天命(明)(てんみよう)(現,栃木県佐野市)の鋳物師正田次郎左衛門が著した《湯釜由緒》には〈始メテ土瓶茶釜ナルモノヲ鋳造ス〉と見え,後者は明らかに金属製であるが,これによれば陶製の土瓶を祖型として鋳造したものかもしれない。《利休居士伝》永禄2年(1559)の自会記の記事にも〈どびん,五徳すゑ……〉とあり,土瓶形の鋳鉄製釜のようである。手取釜は室町時代末以後の茶会記に〈てとり,手取(手捕)〉の呼称で数多く散見でき,このころ天命で盛んに鋳造されていたことが知られる。鉄瓶の呼称は江戸後期の《茶道筌蹄(ちやどうせんてい)》にみえ,〈了々斎好み,宝珠形,唐金蓋 二代目佐兵衛作〉とある。また《諸方誂物(あつらえもの)掟》の天明5年(1785)の記事に〈鉄瓶の部〉とあり,各種の鉄瓶を列挙している。これらから見て,鉄瓶の呼称は江戸後期に始まり,幕末から明治初年には一般的に使われたようである。
鉄瓶の蓋は鋳鉄の共蓋あるいは唐銅(からかね)製のものが多く,他に朱銅,紫銅のものもある。胴の形態は筒形,丸形,平丸形などが一般的で,〈あられ〉を地文として鋳出したものが普通だが,つるや正面(注口を右にした胴の部分)に鋳出文様や象嵌を施すことがある。また内部の底に漆で2~3枚の鉄片を貼ることが多い。これは〈口元〉と呼ばれ,湯沸しの音を出させるものである。
京都の竜門堂は唐銅蓋に〈竜門堂造〉の銘を刻んで著名であるが,初代は丹波の亀山の藩士で,明和(1764-72)の初めころ京都に定住し,蠟型による鉄瓶の鋳造を始めたという。東北の盛岡では,江戸中期に南部藩の御釜師3代小泉仁佐衛門が初めて土瓶形の茶の湯釜を鋳造し,《手取釜形》と題する2冊の図集を残しており,これが現在製作されている南部鉄瓶の祖とされている。
南部鉄器は,南部藩城下町盛岡に鉄瓶,茶の湯釜,伊達藩水沢に鍋,釜を中心に発達したが,砂鉄を原料とした総型鋳造の南部鉄瓶は鉄気(かなけ)が出ないことで名声を得ていた。大正以後は銑鉄に変わり,生型による量産によって岩手県の特産品となり,1975年,国から伝統的工芸品に指定された。このほか,山形市の銅町,茨城県の太田(常陸太田市),大阪市の深江(東成区)が鉄瓶の産地として知られている。
→釜
執筆者:大角 幸枝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
おもに鋳鉄でつくられ、直接火にかけて湯茶を沸かす用具。土瓶と同じような球形、または筒形、平円形の胴に注口(つぎぐち)と鉉(つる)が付属する。蓋(ふた)は胴と同じく鋳鉄製か、あるいは銅製が多い。胴には地文を鋳出するのが普通であるが、なかには金銀の象眼(ぞうがん)を施すものもある。一般に、茶の湯釜(がま)に比べて意匠を凝らすことが多い。また口元といい、内底に鉄片を漆で貼(は)り、湯が沸くときに音を発するようなくふうをしたものがある。
茶の湯に用いる釜の一種に、三足で注口と鉉のついた手取(てどり)釜があるが、一般にこれが鉄瓶の祖型とされる。岩手県盛岡では、江戸時代中期に、南部藩の釜師が初めて土瓶形の茶の湯釜を製造し、これが南部鉄瓶の祖とされる。しかし、16世紀末の文献には、明らかに現在の鉄瓶に類した鋳鉄製の湯沸かし器を「土瓶」と記した例も多く(『湯釜由緒』など)、手取釜とは別に、薬湯用の陶製の土瓶からヒントを得て製作されたとも考えられる。また、京都の竜文(りゅうもん)堂は、江戸中期に、初めて蝋(ろう)の鋳型を用いて鉄瓶を製作したと伝える。
いずれにせよ、鉄瓶自体が完成し普及したのは江戸時代に入ってからのことである。1713年(正徳3)刊の図説百科辞書『和漢三才図会』など、江戸初期の事典・辞書類には、鉄瓶の名はみえないから、その名称は、江戸中期以降に一般的になったのであろう。
主産地としては、京都・大阪のほかに、岩手県の南部藩城下町であった盛岡が著名であり、「南部鉄瓶」とよばれている。これは砂鉄を原料とし鉄気(かなけ)が出ないことで愛用された。このほか、山形市、奥州(おうしゅう)市(岩手県)などが知られている。
[森谷尅久・伊東宗裕]
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