闘鶏神社(読み)とうけいじんじゃ

デジタル大辞泉プラスの解説

闘鶏神社

和歌山県田辺市にある神社伊邪那美命(いざなぎのみこと)、天照皇大神などを祀る。神社の名は、壇ノ浦合戦の際、熊野別当湛増(たんぞう)が、源氏平氏のどちらに味方するべきか神意を確認するために、赤を平氏・白を源氏に見立てた紅白7羽ずつの鶏を闘わせた故事にちなむ。「紀伊山地霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産に登録されている。国指定名勝「南方曼陀羅の風景地」の構成地のひとつでもある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

闘鶏神社
とうけいじんじゃ

和歌山県田辺(たなべ)市湊(みなと)町に鎮座。伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)など16柱を祀(まつ)る。古くは田辺の宮と称し熊野(くまの)三山への中継地として熊野権現(ごんげん)を祀り、新熊野権現(いまくまのごんげん)ともよばれて、三山詣(もう)でにかえる参詣(さんけい)客さえみられ、三山の別宮的存在であった。源平合戦の際、壇ノ浦の戦いに臨んで熊野水軍の力を両軍より援軍として請われた熊野別当湛増(たんぞう)が、どちらに味方するか、赤鶏と白鶏とを七番闘わせ、すべて白鶏が勝ったので源氏に味方することに決定した神社で、それ以来、新熊野合大権現(とりあわせだいごんげん)の呼称が生まれ、明治維新ののちに闘鶏神社と改称された。旧県社。7月24、25日の例祭には、神輿渡御(みこしとぎょ)、笠鉾(かさほこ)巡行、流鏑馬(やぶさめ)神事、潮垢離(しおごり)神事などが繰り広げられ、田辺祭(笠鉾祭とも。県指定無形民俗文化財)とよばれて全市をあげてにぎわう。[白山芳太郎]

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世界大百科事典内の闘鶏神社の言及

【田辺[市]】より

… 平安~鎌倉期には左会津川流域に摂関家領三栖(みす)荘,右会津川の中・上流域に醍醐寺一乗院領秋津荘,そして市域西端を流れる芳養(はや)川流域には石清水(いわしみず)八幡宮領芳養荘が成立。湊にある闘鶏神社は,源平合戦に際して熊野別当湛増が,いずれに味方すべきか神前で紅白の鶏を戦わせて占ったという話で著名。また弁慶は湛増の子と伝えられ,当市では弁慶の出身地として祭りが行われる。…

【闘鶏】より

… 日本では平安期にまず宮廷貴族の間で鶏合(とりあわせ)と称して好まれた。記録にも残っている有名な鶏合がいくつかあり,また紀州田辺には闘鶏神社があるほどである。江戸時代には闘鶏用に雄鶏を改良したシャモが導入され,闘鶏は庶民の間での大きな娯楽となった。…

※「闘鶏神社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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