左近衛または右近衛の陣に設けられた公卿の座。仗座(仗は武器の意)ともいった。近衛陣は内裏の警衛に当たる近衛の詰所で,左近衛陣は日華門内の宜陽殿西廂にあったが,のちに紫宸殿の東北廊南面(現在の京都御所の陣座の位置)に移った。右近衛陣は月華門内の校書殿東廂にあった。《吏部王記》の934年(承平4)の記事によれば,陣座は,天皇の御座所が清涼殿や飛香舎にあったときは右近衛陣に,弘徽殿にあったときは左近衛陣に設けられたが,近年は御座所との遠近にかかわりなく,左近衛陣に設けることが多くなったといい,その後の実例でも,公卿の本座のある宜陽殿に近い左近衛陣に設けられた例が多い。朝儀・公事の中心が朝堂院や太政官庁から内裏に移った平安中期以降は,陣座で公卿の議定(陣定(じんのさだめ))や親王宣下などの公事が行われるようになった。また公卿は任官あるいは官位昇進などに際しては,公事奉行に先立ち,宜陽殿の本座と陣座に着く儀礼があり,前者を着座,後者を着陣といった。
執筆者:橋本 義彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
仗座(じょうのざ)とも。内裏の近衛陣に設けられた公卿らの座。左近衛陣は紫宸殿(ししんでん)東北廊の南面,右近衛陣は校書殿(きょうしょでん)東庇にあり,もっぱら前者が用いられた。元来は近衛官人の詰所であるが,9世紀中頃より臨時に官政や饗宴に使われ,光孝朝の頃から頻繁に審議(定)が行われるようになり,公卿の政務の場として定着した。朝儀の控所から陣定(じんのさだめ)・除目(じもく)に至るまで多様な用途をもった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…紫宸殿の北の宜陽殿とは二つの渡廊で接しているが,その南側は吹抜けで軒廊(こんろう)と呼ばれ,御占が行われる場所である(軒廊御卜)。また小庭をはさんだ北側は,中央を壁で仕切り,北側は東北廊,南側が陣座(じんのざ)である。陣座は左近陣座の略称で,仗座(じようざ)ともいい,天皇警固の陣がしかれ,後代には大臣以下高官が列座して,改元や親王宣下等の重要事項の議定の場所となった。…
※「陣座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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