かくし毛ともいう。人体の外陰部に密生する縮れた毛。陰毛の数は5000~7000本といわれ,断面は三角形を呈する。他の種類の体毛(髪,ひげ,体幹および体肢の毛など)が直線状である場合でも陰毛はつねに縮れ毛であるのは不思議であり,その理由はまだ解明されていない。陰毛は二次性徴の重要な要素で,思春期に性成熟過程に伴ってはじめて生ずるが,男性の場合には,へそが頂点となり外陰部が底辺となるような三角形の範囲に陰毛が生ずることが多いのに対して,女性の場合には,へそと外陰部とのほぼ中間の高さに底辺があり外陰部に頂点をもつような,いわば逆三角形の下腹部皮膚の範囲に陰毛が植立することが多い。陰毛の第一義的役割は,外陰部の機械的保護作用にあると考えられている。頭部,腋窩(えきか)部(わきの下),外陰部などへの外傷が生命維持のうえで重大な脅威をもたらしやすいことから,これらの部位の皮膚に比較的太く長い毛が備わっていると理解される。しかし,他の一般の哺乳類では陰毛に相当するものは知られていないし,特にヒトに近いサル類では外陰部は逆に毛が少なく,発情期には充血によって真紅色になった皮膚が明らかにすけてみえる種類も少なくない。ヒトに陰毛が二次的に発達したことは体毛が乏しくなったこととともに,人類進化の謎の一つといわざるをえない。陰毛の色調は,同一人における頭毛(髪)の色調に比較して赤みをより多く帯びる傾向が強いといわれる。
執筆者:山内 昭雄+田隅 本生
アリストテレスは〈毛は保護するために生えるのであり,四足獣には背側に毛が多いが人は二足で立つから陰毛や腋毛がある〉と言い(《動物部分論》),性的な問題と関連させていない。大プリニウスになると〈人だけに陰毛があって,もし無毛なら男女とも生殖能力がない〉と述べ(《博物誌》11巻),性的な意味を持たせているが,もちろん誤りである。日本人は頭髪も陰毛もともに黒色なのでとくに問題にはならないが,西欧人の場合はしばしば異なった色調なのでその相関が関心をひく。けれどもルントボルクとリンデルスの調査によれば,頭髪とまゆ毛との間の相関に比べるとはるかに弱い相関しかないという。陰毛を五色に彩って飾った女性の話がブラントームの《艶婦伝》にあるが,日本にもこれと似た陰毛の伝説がある。《和漢三才図会》巻六十六にある東弘寺什物の一つがそれで,七難という名の婦人の五色の陰毛は長さ4丈(約12m)余りという。もっとも,仏教では変わった色の陰毛を尊んだようで,《正法念処経》巻五十六には生ずる所にしたがって陰毛の色が変化する天人の話がある。〈七難のそそ毛〉の話は南方熊楠や柳田国男らの興味をそそり,互いに情報を交換している。それによると〈七難のそそ毛〉は各地にあり,また同様の伝説をもった婦人の長い陰毛がまつられているところもある。直毛で長いことから髪の毛と思われるが,長い毛をよしとした時代に同時に陰毛のもつ,まじないの力が信ぜられたために残されたものだろう。女性が陰毛を抜いて神に祈るまじないは古くからあった。江戸時代でも女性が縫針をなくしたとき,神に祈りながら陰毛を3回かき上げ,3回たたけば見つかるという迷信があったといわれている。
陰毛を綿密に描いたデルボーの絵のように,陰毛は波状または縮れている。この縮れは女性ホルモンに支配されるとする説があり,また処女の陰毛ははじめ直毛であるが,性交を重ねるにしたがって縮れてくるという人もいる。その長さは,F.ピンクスによれば4.5ないし10.5cmであるが,膝あたりまで伸びた陰毛の報告もある。C.エリスは北欧のブロンド女性にときに長い陰毛をみるとして,18cmも伸びた例をあげている。しかし楊貴妃の陰毛が膝まで垂れていたというのは信じがたい。日本の伝説では4丈,5丈,または野栗権現が川に流した33尋(ひろ)(50m弱)の陰毛などがあるが,いずれも仏教または巫女を信じた古人の陰毛信仰の中での話である。
→毛
執筆者:池澤 康郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
思春期以降、おもに男性では恥骨結合部付近から陰嚢(いんのう)にわたり、女性では恥丘から大陰唇前半部にかけてみられる硬毛をいい、女性の場合は恥毛ともよばれる性毛の一種。長さは4.5~10.5センチメートル、縮れていることが多い。第二次性徴の一つとして、男性ホルモンや副腎(ふくじん)性男性ホルモンの影響を受けて陰毛の分布形態に変化がみられる。すなわち、恥骨結合部付近を底辺とする逆三角形状を呈する水平型、これから前正中線に沿って直線状にへそに向かう矢状型、同様に三角形状の広がりをもってへそに向かう尖塔(せんとう)型、および分散的で形状がはっきりしない広がりをみせる分散型の4型がある。水平型はおもに女性にみられ、他はほとんど男性にみられる。これは恥骨結合部から上方の陰毛が男性ホルモンの影響を受けていることによる。男性も老年期には水平型になるという。また、陰毛の縮れを生じさせるのは女性ホルモンとされる。女性の陰毛は更年期を境に縮れを失い直毛化する。なお、副腎機能不全によるアジソン病では腋毛(えきもう)(わき毛)ほどではないが陰毛を欠くことがあり、肝硬変でも脱落や毛の縮れの消失がみられる。また、女性の外陰部無毛症には男性ホルモン軟膏の塗布が有効である。
[齋藤公子]
…皮膚についたままの毛すなわち毛皮の利用は太古より北方地域を中心に全世界的にみられる。【田隅 本生】
【ヒトの毛】
ヒトの毛は頭毛(髪),須毛(しゆもう)(ひげ),腋毛(えきもう),陰毛,眉毛(びもう)(まゆげ),睫毛(しようもう)(まつげ),鼻毛(びもう)(はなげ),耳毛(じもう)など,特定体部位の皮膚に生ずるような比較的太くて長い毛と,全身の皮膚にくまなく存在する細くて短い生毛(せいもう)(うぶげ)とに区別される。ただし,手のひらと足のうらとを中心とした特別に厚い表皮を備えている皮膚部位,さらには口唇と外陰部における皮膚・粘膜移行部位では毛が欠如している。…
…性的な言葉は家庭では使うことが禁じられ,〈脚leg〉という言葉さえ無作法であるとされていた。表と裏を分ける指標の一つは陰毛であった。ビクトリア朝の芸術展にはおびただしいヌードが出品され,ひじょうにエロティックなものもあったが,陰毛を描かないという規則によってポルノグラフィーと区別されていた。…
※「陰毛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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