日本大百科全書(ニッポニカ) 「陳雲」の意味・わかりやすい解説
陳雲
ちんうん / チェンユン
(1904/1905―1995)
中国の政治家。江蘇(こうそ)省青浦県(現在は上海(シャンハイ)市に含まれる)生まれ。上海商務印書館見習工から1925年中国共産党に入り五・三〇運動で活躍。1928~1942年党組織部長。1930年党中央委員候補。1931年政治局常務委員兼全国総工会党フラク書記(1935年の遵義(じゅんぎ)会議にもこの肩書で出席)。1933年江西(こうせい)ソビエト区に入る。1934年長征に参加。1935年延安(えんあん)を経て訪ソ、1937年延安に戻る。1945年中央委員、政治局員。党北満分局書記。1948年全国総工会主席。1949年新政府の副首相、財政経済委員会主任、重工業相。1952年訪ソ、スターリンと会見。1956年党副主席、党内序列5位。1958年商業相、基本建設委員会主任。毛沢東(もうたくとう)の「大躍進」政策に反対し、1966年「文化大革命」時に批判され、党副主席を解任、1971年政治局員解任、1975年副首相解任。しかし、1977年中央委員、1978年党副主席に復活。規律検査委員会第一書記を兼任して党員再点検を指導。1979年副首相、国務院財政経済委主任となり経済の調整再建を行う。1982年政治局常務委員、兼規律検査委第一書記。党中央顧問委員会主任を務め、保守派の長老として君臨した。
[高市恵之助・渋谷 司]