翻訳|cryptogam
花をもたない植物群の総称。顕花植物の対語。本草学(薬物学)としてはじまった植物学が,それから独立して植物学として歩みはじめたのは18世紀中ごろからで,リンネ以後のことである。リンネは花の形態学的属性によって植物を24綱に分類した(1738)が,そこではじめて花の咲かない植物を隠花植物としてひとまとめにして1綱に扱った。隠花植物を植物界の1/24として扱ったわけである。それにはシダ植物,コケ植物,藻類,菌類を含み,系統学的には異質な植物群の集合であった。そのため,隠花植物という植物群名は現在では便宜的にときどき用いられるが,分類学的には認められていない。植物学の創成期には人間の周囲にふつうに見られ,かつ人間とのかかわりも深い顕花植物がまず認識の対象となり,研究が進められたのである。しかし植物学の進展とともにこの隠花植物の実体が明らかにされ,植物界における比重がしだいに大きくなった。ド・ジュシューA.L.de Jussieuは子葉の数により植物界を三分した(1789)が,そのうち無子葉植物はほぼ隠花植物と同義語であった。植物界の1/3として扱われていたわけである。19世紀に入るとフランスのブロニャールA.Brongniart(1843),イギリスのベンサムG.BenthamとフッカーJ.D.Hooker(1862),ドイツのアイヒラーA.W.Eichler(1883)らは植物界を顕花,隠花の二大植物群に分類した。彼らによれば植物界の1/2として隠花植物は扱われていたわけである。20世紀に入り,池野成一郎は植物界を15門に分類した(1906)が,このうち隠花植物に属するものは13門で,ここでは〈隠花植物〉は植物界の87%の比重を占めている。さらに現代になるとエングラーH.G.A.Englerが体系を確立し,その後改訂された《植物分科概要》の12版(1954)では植物界17門中15門が,寺川博典・前川文夫の分類表(1977)では菌界15門と植物界9門中の8門および残り1門中の17綱中12綱がこのいわゆる隠花植物である。分類学の進歩は隠花植物を細分することにあったと言えよう。
執筆者:西田 誠
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花をつけないで胞子で繁殖する植物の総称。リンネが『植物の種』(1753)で植物界を24綱に分類し、そのなかでシダ類、コケ類、藻類、菌類を一つにまとめて隠花植物とした。のちにフランスの植物学者ブロニャールA. T. Brongniartが植物界を花の有無で大別し、花をつけるものを顕花植物、花のないものを隠花植物にまとめた。隠花植物は胞子で繁殖し、維管束のない簡単な体制をもつが、系統発生上は異なる分類群なので、普通これを葉状植物、コケ植物、シダ植物に分けて扱う。葉状植物は生殖器官が単細胞で、その外側を栄養細胞が囲んでいない。シダ植物には維管束がよく発達した茎と葉があり、無性世代が優勢である。コケ植物は有性世代がよく発達し、生殖器官は多細胞で、茎と葉の分化は小さい。このように隠花植物は種子をつくらない植物群の人為的分類に基づいたものであり、現在の分類学上ではほとんど用いられていない。
[杉山明子]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…しばしば高等植物と呼ばれることがある。 かつて,植物界を花の有無によって顕花植物と隠花植物に二分する分類法があった(ブロニャールA.Brongniart,1843)。比較器官学の立場から花は〈茎頂に胞子葉が密生したもの〉と定義づけられるので,隠花植物に属するシダ植物の中にも一種の花を咲かせるものがあることになる(例,ヒカゲノカズラ,トクサ)。…
…厳密な定義があるわけではないが,一般にはコケ,藻,菌など維管束をもたない植物の総称で,いわば無管束植物と同義語である。ときには隠花植物または胞子植物と同義に用いられる。【西田 誠】。…
…この分類基準は有性生殖器官の形質におかれ,したがって有性生殖の見いだされないものは,とりあえず不完全菌類としてまとめられている。 歴史的にみて,ミケーリP.A.Micheliの《新しい植物の属Nova Plantarum Genera》(1729)にはすでに大型の菌類はのっているが植物として取り扱われ,リンネの《植物種誌Species Plantarum》(1753)では藻類といっしょに隠花植物Cryptogamiaとしてまとめられ,この呼び方はその後長い間つかわれてきた。菌類の分類研究が独立して行われたのは1800年代からで,ペルズーンC.H.Persoon(1761‐1836),フリースE.M.Fries(1794‐1878)らが創始者といえよう。…
※「隠花植物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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