多様な生物を,それらが分化してきた歴史的過程にしたがって体系づけるための研究を主眼とする生物学の一分野。生物は40億年ほど前に地球上に発生したと考えられ,それ以来,地球上の環境の変遷にも対応しながら進化をくり返し,現在みられるように,200万種をこえるほどに多様化してきた。生命の特性のうち,その歴史性が具体的に表現されているのが生物の多様性であるが,生物の多様性は,進化の過程を反映した秩序のあるもので,定まった体系にまとめあげうるものである。
分類学の研究の進め方については,(1)種の変異や分化についての研究,(2)種間の類縁についての研究,(3)系統分化についての研究,のそれぞれについて多少異なった方法がとられる。種内変異や種分化の研究には,細胞遺伝学的な解析が用いられ,また環境との対応で種が示している適応戦略を解明することも有力な武器となっている。種間の類縁の研究には比較形態学,比較生化学などの手法による分類学的形質の比較研究が軸となり,系統分化の研究は,化石と現生生物を対比させた比較形態学的な解析によって進められる。
生物の種の進化の過程が明らかにされれば,それにしたがって分類体系が編まれる。新しい時代に分化してきたものは類縁が近いものであり,太古に分化したものは類縁が遠い生物である。類縁の程度を示すために,いろいろの階級の分類群が定められ,分類群の学名が与えられる。命名については国際動物(植物)命名規約によって方法が規定されている。
分類群の階級としては,種speciesを基本的な単位として,それより上級に属genus,科family,目order,綱class,門division(動物ではphylum)などが設けられ,それらの間にもいくつかの階級を設けてもよいことになっている。種以下の分類群としては,動物の命名規約では,亜種subspeciesだけが認められているが,植物の場合には,亜種のほかに変種variety,亜変種,品種などの階級も認められている。
生物学のはじまりは分類学であり,多様な生物の識別が生物についての認識のはじまりだった。アリストテレスは多様な動物の体系化を試みた最初の人であり,それ以後,科学の進歩に応じて,さまざまな規準を設けた生物界の体系づけが試みられてきた。しかし,進化の過程について知りえていることはまだまだ乏しく,原理的には生物の正しい分類体系が得られるのは,生物についてのすべてが知り尽くされたときということになる。
生物についての知識が不十分な間は,生物を認識しやすい形質を指標として分類が行われる。容易に判別でき,定義しやすい形質を手がかりにして分類する方法を人為分類という。これは切手の分類などに通じるやり方で,生物学のための補助手段となることはあっても,生物学ではない。生物学の一分野としての分類学は,生物の進化の過程にしたがって生物を体系化するものであり,生物の類縁の遠近に合わせて行う分類を自然分類という。これを,生物の系統分化に応じた分類であるという観点から,系統分類ということもある。
分類学の歴史は,有用・有害生物の識別など,生活上の必要から始まった部分がある。その時点では完全に人為的な分類で出発した。しかし,多様な生物を一定の規準で体系化しようという試みは,生物の本質的な似寄りの程度に応じる形で進められ,生物本来の自然な体系の存在が追究されるようになってきた。そのような背景の下で,C.ダーウィンが提唱した自然淘汰による進化論が認められるようになると,自然分類は系統分類であるという観点が強調されるようになり,今日の意味での分類学が生物学の一分野として発達することになってきた。
分類学にとって最も基礎的な作業の一つは,地球上のどこにどんな生物がどのように生育(生息)しているかを明らかにすることであり,それを生物相の研究という。現在地球上に200万種をこえる生物が生育(生息)しているといわれるが,生物相の基礎的な調査もまだまだ完成にほど遠いというのが現状である。日本や欧米では,大型の高等動植物については一応の研究はなされているが,微小な生物についての研究は遅れている。熱帯地域では,ほとんどの所で,どこに何が生息するかの基礎的な調査さえ,まだ十分には行われていない。人間活動が多様化していくことにより,地球上の環境が急速に変貌を遂げつつある現在,研究もされないままに絶滅していく生物のあることは残念なことである。とくに,潜在的な遺伝子資源としての野生生物の重要さが再認識されている現在,生物相の調査の必要性は急速に高まっているといえる。同時に,生物の類縁を明らかにすることによって,生物学の手法の進歩に応じた実験に指針を与えることも分類学の重要な役割の一つである。
執筆者:岩槻 邦男
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
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…このような生物の系統発生にもとづいた分類をすることを目的とする分野を系統分類学という。なお,単に分類学taxonomyという場合にも,系統分類を志向したものをいうし,系統学systematicsという場合も地質時代における系統をあとづける手がかりとして現生生物の比較研究を重視することになるので,系統分類学と本質的な差は認められない。【岩槻 邦男】。…
…このような生物の系統発生にもとづいた分類をすることを目的とする分野を系統分類学という。なお,単に分類学taxonomyという場合にも,系統分類を志向したものをいうし,系統学systematicsという場合も地質時代における系統をあとづける手がかりとして現生生物の比較研究を重視することになるので,系統分類学と本質的な差は認められない。【岩槻 邦男】。…
…ギリシア文明が衰えたあと,長い中世の停滞期を経て近世に入ると,博物学の復興が起こる。次いで,西洋諸国の植民地が世界に広がり,珍奇な動植物がそれぞれの本国へもたらされるにつれて,数多くのナチュラリストたちによる生物界の整理,すなわち分類学が盛んになる。そして18世紀中葉にリンネによって近代的分類学の基礎が固められた。…
…そこで,生物を分類することは,生物が40億年の進化の歴史のうちでどのように分化発展してきたかをあとづけることに生物学的な意味がある。このような生物の系統発生にもとづいた分類をすることを目的とする分野を系統分類学という。なお,単に分類学taxonomyという場合にも,系統分類を志向したものをいうし,系統学systematicsという場合も地質時代における系統をあとづける手がかりとして現生生物の比較研究を重視することになるので,系統分類学と本質的な差は認められない。…
…それは名の存在以前にすでにそれをそれと認めていることを物語る。そして,実はこのことを基礎として生物の分類学は成立しているのである。また,いわゆる未開の人々の動物や植物の名付け方には,世界中を通して驚くほどの相似性が認められるのもこのゆえである。…
※「分類学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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