コケ植物(読み)こけしょくぶつ(英語表記)Bryophyta

日本大百科全書(ニッポニカ) 「コケ植物」の意味・わかりやすい解説

コケ植物
こけしょくぶつ
Bryophyta

蘚苔類(せんたいるい)またはコケ類ともいう植物界の1門で、世界中で約2万5000種、日本では約2000種が知られている。分類学上では緑藻類とシダ植物の中間に置かれていて、進化の面からみた場合、二つの考え方がある。緑藻類から陸上植物へ進化したものがコケ植物で、これからさらに進化したものがシダ植物という考え方と、緑藻類から一度シダ植物の祖先形(リニア類)になり、これから分化したものがコケ植物で、シダ植物はさらに陸上の環境に適応する方向に進化したものとする考え方の2つである。

[井上 浩]

形態

普通にみられるコケ植物の体は配偶体とよばれ、この配偶体の上に胞子体とよばれる胞子をつくる器官が形成される。配偶体は形態上から葉状体と茎葉体に2大別される。

 葉状体はゼニゴケジャゴケツノゴケなどの体制にみられるように、配偶体が平らで、地上などをはっているものである。葉状体の組織はほとんどすべて細胞壁の薄い柔組織で組織の分化がみられないもの(ミズゼニゴケ、ケゼニゴケマキノゴケなど)、葉状体の中央部だけに厚膜の組織が分化して脈状になっているもの(クモノスゴケ、フタマタゴケなど)、内部の組織に同化組織と貯蔵組織が分化していて同化組織には気室や気室孔がありガス交換が行われるもの(ゼニゴケ、ジャゴケなど)がある。

 茎葉体は茎および葉が明瞭(めいりょう)に分化していて、直立ないしは横にはって生育する。茎は大きなものでは長さ80センチメートルぐらいになり(ドウソニアなど)、小さなものは1ミリメートル以下である(ミジンコクサリゴケなど)。茎の表面、とくに基部のほうには褐色ないしは白色の仮根が多数つく。仮根は茎の表皮細胞が伸長してつくられるが、単細胞性の仮根の場合(苔類)と多細胞性の仮根の場合(蘚類)がある。茎葉体の葉の形や大きさ、つき方などはコケ植物の分類群によってさまざまで、種の分類のうえで重要なものである。葉の細胞はほとんどの種類で1層の細胞層からなるが、蘚類の場合には葉の中央部だけが数層の細胞層となり、脈をつくることがある。

 配偶体につく生殖器官には造卵器(雌)と造精器(雄)がある。両方の生殖器官が同一配偶体上につく雌雄同株の場合と、別々の配偶体上につく雌雄異株の場合があり、生殖器官のつく位置などは分類群によってほぼ一定している。造卵器はフラスコ状をしていて、これを取り囲む保護器官が花葉(包葉)、花被(かひ)、器托(きたく)などとして分化する。造卵器の基部の膨らんだ部分は腹部とよばれ、この内部に1個の卵細胞がある。造精器は棒状、球状などをしており、包葉または器托が造精器の保護器官として発達する。造精器のつく位置も分類群によってほぼ一定している。

 配偶体上につくられる胞子体は蒴(さく)、柄、足の3部からなっている。蒴(胞子嚢(ほうしのう)ともいう)は、蘚類と苔類とでその構造が著しく異なるが、いずれの場合にも内部に胞子がつくられる。蘚類の蒴はカリプトラ(胞子体を保護する器官)が変形した帽(蘚帽)をもつことが多いが、苔類ではこれをもたない。また、苔類の場合には、蒴の中に胞子とともに糸状をした弾糸(だんし)が形成され、蒴が成熟すると4裂して胞子を飛ばすが、蘚類では蒴が成熟すると、蒴の先端にある蓋(ふた)(蘚蓋(せんがい))がとれ、口が開いてここから胞子が外に出る。

[井上 浩]

生活史

コケ植物では、配偶体はすべて葉緑体をもち、独立栄養を営むが、胞子体はほとんどの場合に葉緑体がないか、ごく少量の葉緑体をもつだけで、独立栄養が営めない。したがって、胞子体は全期間にわたって配偶体上に半寄生的に付着して、養分の大部分を配偶体に依存して生活している。

 胞子体に形成された胞子は、蒴から外に出て湿った場所に落ちると、発芽して原糸体を形成する。原糸体はすでに十分な葉緑体をもち、独立栄養を営むことができる。原糸体からはさらに、普通にみられるようなコケの植物体(配偶体)が発達してくるが、この発達の仕方などはコケ植物の分類群によってさまざまな型がある。配偶体上に形成された雌雄の生殖器官では有性生殖が行われる。雌性の造卵器内には卵細胞がつくられ、雄性の造精器内には精子がつくられる。精子は2本の細長い鞭毛(べんもう)をもっていて、水分中を泳ぎ、卵細胞と合体して受精卵を造卵器内につくる。

 受精卵は胞子体の出発点で、受精卵が細胞分裂を繰り返し、しだいに大きくなり、蒴、柄、足の分化した胞子体となる。若い蒴の中では胞子母細胞が形成され、この細胞が減数分裂することによって胞子がつくられる。したがって、胞子は染色体数がn相である。胞子から発生した配偶体もn相であるが、有性生殖の結果つくられる受精卵ならびに胞子体は2n相ということになる。

 以上のように、コケ植物の生活史は配偶体と胞子体からなるが、配偶体は有性生殖を営む有性世代、胞子体は胞子形成を行う無性世代になる。無性世代の胞子体は有性世代の配偶体に半寄生的になっていて、シダ植物などで無性世代が独立しているのとはようすが違っている。

[井上 浩]

繁殖

コケ植物の繁殖法には、大別して二つの方法がある。一つは、雌雄の生殖器官で有性生殖を行い、胞子を形成することによって繁殖する方法であり、もう一つは、配偶体であるコケ植物の体の一部が独立して、新しい配偶体を形成する場合で、栄養生殖とよばれる。

 有性生殖で胞子を形成する場合は、種類によって蒴内に形成される胞子の数が異なるので、増える個体数も異なってくる。ツチゴケの仲間では蒴内に16個の胞子しかできないが、ゼニゴケなどになると数千個もつくられる。1個の胞子は発芽して1個の原糸体をつくり、配偶体となるが、実際には原糸体の時期に枯死したりする場合が多く、完成した配偶体にまで成長する割合は少ない。

 栄養生殖による繁殖の場合には、いくつかの方法がみられる。無性芽もその一つで、無性芽とは葉状体の一部、葉や茎の先などにつくられる粉状のもので、1個から十数個の細胞からできている。これは、もともと配偶体の組織を形成していた細胞が独立してつくられたものであるため、無性芽の細胞がもつ染色体数は配偶体のものと同じである。ゼニゴケ、ヤバネゴケ、ヨツバゴケギンゴケなど、多くのコケ植物が無性芽をつくって繁殖する。また、ほとんどすべてのコケ植物は、配偶体の一部の組織または器官が独立して再生を行い、新しい配偶体をつくることができる。たとえば、葉の一部分が地上に落ちて、これから再生して多数の配偶体が形成されるなどのことがあり、園芸上では、この性質を利用した「播(ま)きごけ法」とよばれるコケの増殖法がある。

[井上 浩]

分類

コケ植物はツノゴケ類、苔類、蘚類の三つに分けられる。

(1)ツノゴケ類Anthocerotae すべて葉状体で、葉状体に組織分化はなく、細胞内には1個から数個の大形の葉緑体をもつ。葉緑体には1個のピレノイドデンプンの形成と貯蔵に関与する構造体)が含まれる。胞子体は針状で、2裂し、中軸がある。ツノゴケ、キノボリツノゴケなど、世界中に200種ぐらいあり、日本には約20種が知られている。

(2)苔類Hepaticae 葉状体のものと茎葉体のものがある。細胞内には十数個以上の葉緑体をもち、葉緑体にはピレノイドはない。細胞内には葉緑体のほかに、揮発性の油体が含まれることが多い。胞子体はほとんど葉緑体をもたず、蒴内には胞子と弾糸が形成され、蒴は熟すと4裂する。ゼニゴケ、ジャゴケ、ハタケゴケ、コマチゴケ、マキノゴケ、ウロコゴケその他が含まれ、世界中に約8000種、日本には約500種がある。

(3)蘚類Musci すべて茎葉体で、葉は茎に螺旋(らせん)状に配列してつく。細胞内の葉緑体は多数あり、ピレノイドはない。胞子体は少量の葉緑体を含み、蒴には胞子だけ形成される。蒴の表面には気室孔があり、蓋、蒴歯などが分化している。ミズゴケ亜綱(日本産約50種)、クロゴケ亜綱(日本産2種)、およびマゴケ亜綱があり、大部分の蘚類がマゴケ亜綱のもので、スギゴケ、タチゴケ、イクビゴケ、シッポゴケスナゴケハイゴケなどがある。蘚類は、世界中に約1万6000種、日本には約1500種がある。

[井上 浩]

生態

コケ植物のほとんどのものは地上生か、岩上または樹幹などに着生して生育する。水中生のものはウキゴケ、シミズゴケ、チャツボミゴケなどのわずかな種類が知られているだけである。海水中に生育するものはない。コケ植物がもっともよく生育するのは高温多湿で、気温変化の少ない熱帯の降雨林内であるが、南極大陸やヒマラヤの高地にもよくコケ植物は生育することができ、日本国内でも富士山頂には24種のコケ植物が記録されている。

 コケ植物の水分吸収は、一般的には土中から行うのではなく、空気中に蒸気として存在する水分を利用して行う。このため、空中湿度の高い場所、直射日光の当たらない場所に好んで生育する。また、生育地の酸度には著しく反応するが、なかには石灰分の多い場所、銅または鉄イオンの多い場所などを好むものもある。

[井上 浩]

利用

コケ植物が人間生活に直接利用されることはほとんどない。一般には観賞用として園芸上で利用されるか、園芸素材として利用される。観賞用として利用されるのは主として苔庭(こけにわ)や苔盆景である。苔庭として有名な京都市の西芳寺(さいほうじ)以外にも、現在では全国各地に苔庭が普及している。苔庭というのは、庭の地被植物の大部分がコケ植物で占められる場合で、これに利用されるのはおもにスギゴケ類、ハイゴケ、ヒノキゴケ、ホソバシラガゴケ、コツボゴケなどである。アメリカなどではシバのかわりにハイゴケ類を利用することがあるという。苔盆景というのはコケ植物を主体として用いた盆景のことで、使われるコケ植物は小形のコスギゴケ、タチゴケ、ホソバシラガゴケ、ススキゴケ、その他が主となっている。最近、コケ植物に含まれるさまざまな化学成分が調べられるようになり、種々の生理活性物質が検出されている。これらのなかには抗菌性、抗腫瘍(しゅよう)性、成長抑制などの働きをもつものがあり、医療や農薬のうえからも、きわめて有望視されている。コケ植物の生育には空中湿度や生育地の化学成分が大きな影響を与えることから、とくに都市環境下における大気汚染の測定にコケ植物の生育量、分布を利用する試みもなされている。

[井上 浩]

『井上浩著『コケ類』(1962・加島書店)』『井上浩著『こけ――その特徴と見分け方』(1969・北隆館)』『岩月善之助・水谷正美著『原色日本蘚苔図鑑』(1972・保育社)』『井上浩著『コケ類の世界』(1978・出光書店)』『井上浩・横山和正著『きのこ・こけ・しだ』(1979・小学館)』


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改訂新版 世界大百科事典 「コケ植物」の意味・わかりやすい解説

コケ(苔)植物 (こけしょくぶつ)
Bryophyta

蘚苔類(せんたいるい)ともいい,系統上は,水中に生活する藻類と陸上に生活する維管束植物との中間に位置し,一般に陰湿な環境を好む小型の植物で,植物界の両生類ともいわれる。生殖器官が多細胞で,受精卵が母体内にとどまり,その後の発生も母体から養分を吸収して行われる点で,藻類と異なる。また,配偶体が生活史の主体を占め,胞子体は構造が単純で配偶体に寄生し,維管束を欠く点で維管束植物と異なる。最古の化石は上部デボン紀にさかのぼるが,その後の化石はわずかで古生物学的に進化の跡づけを行うことは困難である。蘚類苔類ツノゴケ類に三大別され,世界に約2万種,日本に約2000種ある。

明瞭な世代交代を行う。すなわち,配偶子(卵細胞と精子)をつくる有性世代の植物体(配偶体)と胞子をつくる無性世代の植物体(胞子体)とが交互に繰り返される。われわれが普通に見る緑色の植物体が配偶体であり,胞子体は小さくて目だたず終生配偶体に付着しているので配偶体の一部のように見える。維管束植物では,普通に見る植物体が胞子体であり,配偶体は小さくて目だたない。

 胞子が発芽して糸状または塊状の原糸体protonemaとなる。やがて原糸体に芽が生じ,それが大きく発達して配偶体ができ上がる。配偶体はゼニゴケのように葉状,またはスギゴケのように茎と葉が分化し,糸状の仮根rhizoidをもつ。造卵器はフラスコ形で長いくびをもち,造精器は棍棒状または球状。精子は先端に2本の鞭毛(べんもう)をもち,水中を泳いで造卵器に至り,そのくびの中を通って卵細胞に達する。受精卵は造卵器の中で分裂して胞子体の幼植物(胚)が形成されるが,その後も胞子体は配偶体に寄生し続ける。完成した胞子体は1本の軸からなり,先端に1個の胞子囊(ほうしのう)をつける(コケの胞子囊を蒴(さく)capsuleという)。胞子囊の中で胞子母細胞が減数分裂をして胞子をつくる。胞子は一般に風によって散布される。配偶体は,減数分裂によって染色体が半減した胞子から発達したもので,単相(n)の世代であり,胞子体は,受精によって染色体が倍加し受精卵から発達したもので,複相(2n)の世代である。

極地から熱帯まで,地球上のほとんどいたるところに生育するが,海水中に生じる種類はない。北極地方のツンドラでは,広大な面積がコケでおおわれている。南極の昭和基地の周辺にも,数種の蘚類が生育している。寒冷な地域の湿原にはミズゴケが多く,その遺体は腐らず堆積して泥炭層をつくる。熱帯の湿潤な山岳地帯には蘚苔林mossy forestというコケの非常に豊富な森林が発達し,多くの種類のコケが樹幹を厚くおおい,枝からも垂れ下がって特異な景観を呈する。一般に陰湿な場所を好み,渓流のそばや林内の樹幹の基部などにとくに多いが,明るい乾いた場所の岩上や尾根の上などに生育する種類もある。

 個々の種は一般にごく限られた環境にのみ生育する。マルダイゴケはかならず腐った動物の死骸や糞の上に発生する。ホンモンジゴケは銅イオンを好み,神社などの銅ぶきの屋根から雨水の落ちる場所に生育する。ヒョウタンゴケは焼け跡を好む性質がある。ヒカリゴケは深山の洞穴や大木のうろなど光のごく弱い場所に生える。クサリゴケ科の小さな種は,しばしば常緑樹やシダの葉上に生育するので,葉上苔(ようじようごけ)と呼ばれる。阿寒湖と屈斜路湖のヤナギゴケ,猪苗代湖のヒロハノススキゴケは湖底に生育し,波の運動によって回転してまり状となるのでマリゴケと呼ばれる。

ミズゴケは腐りにくく吸水および保水の能力が著しいので,ランやオモトなどの植込みの材料として用いられる。一般にヤマゴケという名で市販されているシラガゴケ類も同様な目的に使われる。地上生の蘚類の群生した状態は美しいので,観賞用として庭園や盆景に利用される。京都市の西芳(さいほう)寺(苔寺)の庭園はコケを巧みに使った名園である。観賞用に利用される種類はオオスギゴケ,ホソバノオキナゴケ,コバノチョウチンゴケ,ヒノキゴケなどである。樹幹に着生するコケの種類構成は,その場所の大気の環境条件を敏感に反映するので,大気汚染の指標として有効である。
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百科事典マイペディア 「コケ植物」の意味・わかりやすい解説

コケ(苔)植物【こけしょくぶつ】

蘚苔(せんたい)類ともいう。スギゴケヒカリゴケミズゴケなどの蘚類,ゼニゴケジャゴケなどの苔類,ツノゴケ類に大別され,世界に約2万種,日本に約2000種ある。海中以外はほとんど地球上どこにでも生育しており,熱帯雨林内では,多くの種類が樹幹,葉上,地上などをおおって蘚苔林を作り,一方,極地のツンドラ地帯にもミズゴケ類など多くのものがある。その一方,チャツボミゴケ(硫黄分の多い水湿地),イワマセンボンゴケ類(銅イオンを含む岩上)などのように限られた環境にのみ生育する種も多い。維管束をもたず,現生の陸上植物の中では最も原始的である。コケ類の一生は有性生殖と無性生殖が規則正しく行われ,はっきりした世代交代がみられる。ふつう見られるコケの植物体は有性世代の配偶体で,この上にフラスコ状の造卵器,紡錘体状の造精器をつける。精子は2本の鞭毛(べんもう)をもち,造卵器内の卵細胞と受精。受精卵は発達して,無性世代の胞子体となり胞子嚢を作るが,独立栄養生活はできず,配偶体に寄生する。胞子嚢内の胞子母細胞は減数分裂を行って胞子となる。胞子は一般に風によって配布され,配偶体へと生長する。なお,モウセンゴケ,クラマゴケ,ウメノキゴケなどのように小型の顕花植物,シダ,地衣類などを含めて呼ぶこともある。
→関連項目隠花植物シダ(羊歯)植物遷移ツンドラ北極地方

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