集団間関係(読み)しゅうだんかんかんけい(英語表記)intergroup relations

最新 心理学事典の解説

人間の社会生活は,さまざまな社会的カテゴリーや集団をもとに成立している。そのうち,自己が所属していることを自覚する対象を内集団in-group,それ以外のものを外集団out-groupとよぶ。内・外集団の区別が起こる心理的起源と,その認知・行動における帰結を分析するのが,集団間関係の研究である。この分野で問題とされる現象の代表的な例が,内集団ひいきin-group favoritismである。これは外集団よりも内集団に対して,より好ましい知覚や認知,感情,信念,そして行動が形成される傾向を指し,内集団バイアスin-group biasともよばれる。内集団ひいきには多くの場合,外集団そして時には内集団に対する,ステレオタイプstereotype,偏見prejudice,差別的行動discriminationなどが伴うため,集団間葛藤intergroup conflictの主要な原因となる。これを低減・解消して集団を宥和と協調へ導くための方策を探ることも,この研究分野の主要な関心の一つである。

【社会的アイデンティティsocial identity】 内集団ひいきをはじめ,集団間関係におけるさまざまな現象を説明する理論として最もよく知られるのが,タジフェルTajfel,H.ら(1986)による社会的アイデンティティ理論social identity theoryである。この理論の中核概念である社会的アイデンティティは,「自己概念の中でもとくに集団成員性に基づく部分で,当該集団に対する価値判断や情緒的意義が付与されたもの」と定義される。そのうえで,集団成員は一般にポジティブな社会的アイデンティティを希求するよう動機づけられているとされる。すなわち,人は概して望ましくないよりは望ましい自己像をもつよう動機づけられていると考えられるが,自己と内集団との同一視identificationが顕著な状況では,この自己高揚的動機が,自己を包含する内集団全体の評価を向上させようとする力となって働くと主張するのである。内集団ひいきは,その端的な帰結と位置づけられる。

 社会的アイデンティティ理論は元来,集団間に利害の対立がない状況ですら内集団ひいきが起こりうるのはなぜかを説明するために提唱されたものであった。実際タジフェルらは,集団内および集団間の相互依存性や個人間相互作用の可能性を抑制した最小集団状況minimal group situationとよばれる実験パラダイムを開発し,これを用いて内集団ひいきの規定要因を調べた。この意味で,集団間における競争的依存関係の影響を重要視したシェリフSherif,M.ら(1961)の観点とは対照的な観点ということができる。

 社会的アイデンティティ理論の基本的仮定については,その後さまざまな批判と精緻化が行なわれている。まず,ターナーTurner,J.C.ら(1987)による自己カテゴリー化理論self-categorization theoryは,ロッシュRosch,E.(1978)のプロトタイプ理論に範を取って,「自己と内集団の同一視」という過程を,一般的なカテゴリー認知の一種として再解釈した。一人の人間が所属する内集団は通常,複数または多数ある。またその多くは,学者,心理学者,社会心理学者,実験系社会心理学者のように異なる抽象度(または包括性comprehensiveness)をもった階層構造を成している。その中から,同一視の対象として選ばれるのは,所与の文脈の中で自己に関するカテゴリー的理解を最も明確にするような,つまり基本的レベルとしての情報価をもつ集団であるとされる。他方,内集団との同一視に求められるのは,自己高揚動機を満たす対象という役割だけではないことを強調する観点もある。たとえば,所属集団を認識することは,自己理解や自己評価を促進し,自己と環境に関する不確定性低減uncertainty reductionという機能を果たすことを重視するホッグHogg,M.A.の理論,あるいは,所属欲求や自己評価の安定化だけでなく,内集団の特異性を発揮しようとする動機づけをも同時に満たす集団が同一視の対象として好まれるとする,ブリューワーBrewer,M.B.の最適特異性理論optimal distinctiveness theoryなどがその代表例である。さらに山岸俊男らのように,内集団の他成員に協力行動としてのひいきを行なっておけば,いずれは自己に対しても協力が返報されるであろうという信頼関係の影響を重視する立場もある。

【集団間感情intergroup affect】 社会的アイデンティティの定義において言及した「内集団に対する価値判断や情緒的意義」とは,当初考えられていたような「内集団には好感情,外集団には悪感情」といった単純なものではない。この点についてスミスSmith,E.R.やマッキーMackie,D.M.らは集団間情動理論intergroup emotion theoryにおいて,内・外集団のおかれた状況に対する認知的評価cognitive appraisalが細分化された感情経験を左右すると説く。たとえば内・外集団間の勢力関係やその正当性に関する評価次第で,恐怖,侮蔑,憤怒といった異なる感情が生起し,その内容に応じて,対立を回避するか攻撃するかといった行動面での差異も生じるであろう。一方,内集団に対してはつねに好感情がもたれると限ったわけでもない。社会経済的地位などにおいて明白な劣位におかれた集団の成員は,むしろ自己の社会的アイデンティティについてネガティブな感情を経験しやすい。これは集団間の移動可能性が高い場合などにとくに顕著である。また,内集団が受ける不当な処遇を差別や偏見に帰属することで,かえって地位向上の困難さを認識するようになるのを恐れ,実際に差別が存在する場合ですらこれを認めようとしないという皮肉な傾向に陥ることもある。あるいは,内集団の成員が自己と直接関係のない状況や文脈で行なった望ましくない行為(たとえば外集団に対する攻撃行動)に対して,集団同一視のために集合的罪悪感collective guiltを抱くという場合もある。これらの集団間感情のいずれにおいても,自己と内集団の同一視の程度によってその強度が規定されることが知られている。

【集団間葛藤の低減】 単純な内・外集団の区別(つまりカテゴリー化)が内集団ひいきや集団間葛藤の一因であるなら,その区別を不明確にすることによって葛藤を低減することが可能になるかもしれない。こうした観点から種々の試みがなされている。まず,外集団の成員がもつ多様な属性に着目させ,ある特定の外集団の一員としてではなく一人の個人として対面し接触する経験を重ねさせることによって,従前の内・外集団の区別は意味を失うかもしれない。いわゆる脱カテゴリー化decategorizationである。あるいは,現存する内・外集団の区別と直交する,他のカテゴリー分け(たとえばA政党とB政党の各陣営内に共通して存在する「旧世代」と「新世代」という新たな区別など)を顕在化させる直交カテゴリー化cross-categorizationが有効となる場合もある。ただし,これらの方策には問題も含まれている。友好的な関係をもった相手が「外集団」の一員とみなされないのであれば,その経験が外集団全体に一般化されないため,結局は集団間葛藤の低減に役立たないという問題である。そこで,従前の内・外集団の区別を維持しながら,両者を包摂する他のカテゴリー化を顕在化させて再カテゴリー化による宥和を図るべきだとする主張もある。共通内集団アイデンティティ・モデルcommon in-group identity modelをもとに発展した一連の議論がそれである。これらの研究結果はいずれも,さまざまな背景や様態をもつ集団間葛藤のそれぞれに対して,個別的に適切な葛藤低減の方策を講じることの必要性を示している。 →アイデンティティ理論 →集団
〔唐沢 穣〕

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