金属製の被塗物に塗装する方法の一つで,比較的低い濃度(通常5~15%)の水性塗料浴中に被塗物を電極として浸し,浴槽を対極として,極間に直流電圧を印加して電流を通じ,被塗物電極に均一な皮膜を電気的に析出させる方法である。陰イオン型塗料電着塗装の場合は被塗物を陽極とし,陽イオン型塗料電着塗装の場合は陰極とする。電着塗装は,未塗装部への塗料の析出がしだいに広がっていく性能(つきまわり性throwing power)がよく塗残しがない,塗膜にたれを生じない,塗料の損失が少ないなどの利点があるが,最大の特徴は塗料浴と通電条件の調整をうまく管理すれば塗装の品質管理,作業管理が自動的に容易にできることである。自動車車体,自動車部品,一部の建築基材等複雑な形状をした金属製品の防食性を目的とした工業塗装に多く使用されている。塗装条件は,塗料の種類,被塗物の形状,塗料浴の形状,大きさによって異なるが,一般には塗料の濃度を10%程度として,50~500Vの電圧範囲で2~5分間通電すれば塗装が完了する。浴塗料は顔料の沈降がなく,全体に均質性を保つために,常時かくはん(攪拌)していることが必要である。浴の温度は30℃前後に通常管理保持される。
特徴としては次のような点があげられる。(1)電着は極間距離の近いところ(電極間の抵抗の低いところ)から始まるが,金属面に析出付着した塗膜は電気浸透作用による脱水効果のために電気抵抗が高くなり,一定の膜厚になるとほとんど電流が流れなくなり,極間距離は遠くても極間抵抗の少ない塗膜の薄いところに析出が広がっていき,一定の膜厚で全体が塗装される。このように電着塗料はつきまわり性が優れているので,継ぎ目,合せ目があったり形状が複雑であっても完全に塗装できる。(2)電着浴の塗料固形分は5~10%と低いが,電極に析出した塗料粒子は,通電によるジュール熱により温度が上がり,互いに融着してしだいに半透膜になってくる。そうすると膜中の水分が電気浸透作用により脱水されるので膜の含有水分は30~10%程度に減少する。したがって塗膜のたれ,ながれ,とけ落ちがなく,きわめて均一な塗膜が得られる。このため予備加熱やセッティング(塗装後,乾燥のため放置すること)は不要である。(3)膜厚管理,作業管理が電気的に制御できるので,塗装の自動化,省力化が容易である。(4)浴塗料は低濃度・低粘度であるから作業時の浴外への持出しが少なく,持ち出した塗料は浴へ戻して再使用されるので,利用効率はきわめて高い。(5)塗料は水性であるので火災や衛生上の危険が少ない。
一方,欠点としては次のようなことがある。(1)設備費が高価。(2)焼付け温度が高い。(3)導電性の物体でないと塗装できない。(4)2コート仕上げは困難で,1コートに限られる。
電着塗装は一般的に次のような工程から成る。(1)前処理 リン酸亜鉛系がおもに使用される。最終水洗は脱イオン水を使用し,十分に処理面を洗浄しておく。(2)水切り乾燥。(3)電着 一般に次の設備を必要とする。電着タンク(被塗物に電着塗装するための塗料浴),サブタンク(電着タンクからオーバーフローさせた塗料を受けるタンクで,塗料の補給,組成の調整用),かくはん装置(浴中の塗料のかくはん循環用),塗料ろ(濾)過器(タンク内に混入した異物,固形物の除去),塗料の温度調節装置(電着を開始するとジュール熱が発生し,温度が上昇するので冷却する必要がある。冬季は加熱も必要。浴温を一定範囲に保つことがたいせつ),直流電源(定電圧制御装置,電圧の連続可変装置を設置),集電装置,U/F装置(ultra filtrationの略。電着時の持出し塗料や水洗水の回収浄化を自動的に行う装置)。(4)水洗。(5)焼付け乾燥。
つねに一定の仕上がり塗膜を得るために電着液を補給,管理することがたいせつである。通常,(1)隔膜法と(2)酸性樹脂補給法(陰イオン型塗料電着の場合)または塩基性樹脂補給法(陽イオン型塗料電着の場合)の二つの方法があり,浴の塗料組成によりイオン交換樹脂法が使用される。
電気的に有機物皮膜を得る方法は古くから知られていた。古くはたとえばゴムラテックスから皮膜を得ている。これを電気泳動電着electrophoretic depositionと呼んだ。印加電圧は比較的低く電流密度も低いので成膜には数十分から数時間も要し,成膜手段として生産性が低く,工業的利用は少なかった。高分子化学の発展により,優れた合成樹脂が開発され,1950年代には水性塗料が大きく飛躍を始め,合成樹脂の物性設計技術が進歩した結果,導電性の高い水性塗料でしかも高い印加電圧が使用できる電着塗装液が開発され,複雑な構造もそのまま均一に,しかも1~2分間くらいで自動化可能なシステムとして塗装できる電着塗装法が発明された。自動車工業の発達がこの塗装方法の発展を支えた。
執筆者:大藪 権昭
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