駅使(読み)ウマヤヅカイ

大辞林 第三版の解説

うまやづかい【駅使】

えきし【駅使】

律令制で、駅馬や駅家を使うことを許された、公用で急行する使者、および公用で旅行する者。早馬使はゆまづかい。うまやづかい。

はゆまづかい【駅使】

駅馬はゆまで行く急使。 「 -を四方に班あかちて/古事記 中訓

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精選版 日本国語大辞典の解説

うまや‐づかい ‥づかひ【駅使】

〘名〙 (「えきし」の訓読み) 令制下、鈴を下付され、駅馬を使って旅行する公用の使者。はゆまつかい。えきし。

えき‐し【駅使】

〘名〙
① 中国で、郵便・荷物などを宿駅ごとに運んだ人のこと。
※蕉堅藁(1403)題画梅「駅使不伝南国信、黄昏和月看横斜
② 古代、駅鈴(えきれい)を下付され、駅馬を使用して街道の各駅で宿泊、食糧の供給を受けて旅行する公用の使者。伝馬を使う伝使に比べて緊急の場合が多い。はゆまづかい。うまやづかい。
※正倉院文書‐天平八年(736)薩摩国正税帳「往来駅使合頭壱拾人〈略〉往来伝使合頭肆拾弐人」

はゆま‐づかい ‥づかひ【駅使】

〘名〙 駅馬(はゆま)を使って旅行する公式の使者。早馬の使者。うまやづかい。はいまづかい。
古事記(712)中「是を以ちて駅使(はゆまづかひ)を四方に班ちて」

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世界大百科事典内の駅使の言及

【駅伝制】より

…大化改新後,7世紀後半の律令国家形成期には,駅鈴によって駅馬を利用しうる道を北九州との間だけでなく東国へも延ばしはじめたようであるが,8世紀初頭の大宝令では唐を模範とした駅制を全国に拡大することとした。すなわち朝廷は特別会計の駅起稲(えききとう)・駅起田(えききでん)(後の養老令では駅稲・駅田)を各国に設置させ,これを財源として畿内の都から放射状に各国の国府を連絡する東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海の7道をそのまま駅路とし,駅路には原則として30里(約16km)ごとに駅を置かせ,駅ごとに常備すべき駅馬は大路の山陽道で20匹,中路の東海・東山両道で10匹,他の4道の小路では5匹ずつとし,駅の周囲には駅長や駅丁を出す駅戸を指定して駅馬を飼わせ,駅家(うまや)には人馬の食料や休憩・宿泊の施設を整え,駅鈴を貸与されて出張する官人や公文書を伝送する駅使が駅家に到着すれば,乗りつぎの駅馬や案内の駅子を提供させることとした。その結果,もっとも速い飛駅(ひえき∥ひやく)という駅使は,大宰府から4~5日,蝦夷に備えた陸奥の多賀城からでも7~8日で都に到着することができた。…

※「駅使」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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