アメリカ映画。1939年製作。映画史上もっとも有名な西部劇であり,ジョン・フォード監督の代表作の1本。西部劇が〈B級映画〉のみで完全に衰退しきっていた1930年代の末に,その斬新なスタイルとテーマ,そして空前の激しいアクションで大ヒットし,西部劇の新しい時代を開いて,その後《大平原》《無法者の群》《砂塵》等々と続くハリウッドの〈大作西部劇の新サイクル〉の嚆矢(こうし)となった。フォードとしても《三悪人》(1926)以来13年ぶりの西部劇である。A.ヘイコックスの短編小説《ローズバーグ行きの駅馬車》(1937)を原作に,またその小説が下敷きにしていると思われるモーパッサンの《脂肪の塊》も加味して,ダドリー・ニコルズが脚本を書いた。1台の駅馬車に乗り合わせた9人の男女のキャラクターを鮮やかに浮彫にしつつ,蜂起したアパッチ族が待つ土地を通り抜けていく開拓時代の危険な旅を,あるときは伝説を見はるかすように,またあるときは強烈な臨場感をもって描いた。〈作家の個人的スタイル〉をもった最初の西部劇であるとたたえられ,肉親の復讐を果たすために脱獄して駅馬車に乗り込むリンゴー・キッド(ジョン・ウェイン)をヒーローにすえたことによって,それまでの単純な原型的ヒーローが社会を救う〈古典的プロット〉の西部劇とは構造の異なる〈復讐テーマ〉の西部劇の最初の1本となったと分析される。ジョン・ウェインは,西部劇を象徴するスーパースターへの道を歩むことになる。また奇岩のそびえ立つロケ地,アリゾナ州モニュメント・バレーは〈西部〉を象徴する景観になった。クライマックスのインディアンと駅馬車の〈追っかけ〉は,スピード感あふれる移動撮影の妙技,それまでの映画の〈文法〉を破ったフォードの大胆なモンタージュ,名スタントマン,ヤキマ・カヌートの荒わざなどが相まって比類ない興奮を盛り上げ,アクション映画史上不朽の名場面となり,しばしば他の映画に引用されている。なお,オーソン・ウェルズが《市民ケーン》を撮る前に,1ヵ月間毎晩《駅馬車》を見て映画の技法を学んだというエピソードがある。
執筆者:岡田 英美子+広岡 勉
一定区間を定期的に走る公共用の乗合馬車。駅馬車の出現のためには,道路の改善と道路網の発達,馬車の車体の改良,旅行客の増加といった条件が必要であったが,すでに17世紀にはロンドンやパリで駅馬車が運行されていた。18世紀のイギリスでは道路建設が進み,国内に道路網がはりめぐらされ,ロンドンから地方へ向け週なん百便もの駅馬車が出発した。アメリカでも,18世紀末には東部大西洋岸地方で駅馬車が運行されていたが,19世紀に入ってからいっそうの発展をとげた。とりわけ,ニューハンプシャー州コンコードのアボット・ダウニング社が製造したコンコード馬車は,堅牢さと乗りごこちの良さとで有名であり,駅馬車の発展と切り離すことができない。赤,青,黄,緑,黒などのペンキで塗装され,9名の乗客と郵便物をのせ,東部と西部をつなぐ駅馬車は,フロンティアにおける〈文明,知性,政府,保護の象徴〉(ホレース・グリーリー)であった。東部では19世紀中ごろまでに鉄道に取って代わられたが,ミシシッピ川以西にあっては駅馬車が唯一の交通手段であった。最も有名なのはバターフィールド社の駅馬車で,セント・ルイスとカリフォルニアを22日間の旅程,200ドルの運賃で結んだ。1869年,大陸横断鉄道の完成で駅馬車の時代は終わった。
執筆者:岡田 泰男
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アメリカ映画。1939年作品。日本公開は翌40年(昭和15)。アーネスト・ヘイコックスの短編小説をダドリー・ニコルズが脚色、ジョン・フォード監督の代表作とされる。1885年、アリゾナ州トントからニュー・メキシコ州ローズバーグまで、9人の乗客を乗せた駅馬車が、インディアンの襲撃におびえながら2日がかりで走る。夫のもとへ急ぐ若い妊婦、酔いどれ医師、インチキ賭博師(とばくし)、町を追われた酒場女、復讐(ふくしゅう)の一念に燃える脱獄囚などがさまざまな人間ドラマを織り成すうちに、インディアンの襲撃を受ける第一のクライマックスと、続いて御尋ね者が仇(あだ)を討つ第二のクライマックスが展開される。主演のジョン・ウェインはこの一作でスターとなり、医師を演じたトマス・ミッチェルがアカデミー助演男優賞を受けた。人物群像の巧みな描き分け、ダイナミックな活劇場面がみごとで、西部劇の代表的傑作である。
[品田雄吉]
定期的に旅客、荷物、郵便物などを輸送した馬車。17世紀の初め、西ヨーロッパで毛織物工業その他の産業が盛んになり、人や貨物の輸送機関として駅馬車が発達し、主要都市間を定期的に運行した。開拓時代のアメリカでも駅馬車の制度は広く行われ、駅ごとに替え馬を用意して四頭または六頭立ての馬車を走らせたが、ヨーロッパでは運河や鉄道が発達し、アメリカでも鉄道がこれにかわってしだいに衰微した。日本では明治時代から大正時代にかけて各地で人や産物の馬車輸送が行われるようになったが、同時に鉄道も開通するなどして、欧米にみられるような駅馬車の制度は発達しなかった。
[佐藤農人]
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…現存最古の駅舎は旧長浜駅(現在鉄道記念物長浜駅舎)(1883,シェルビントンT.R.Shervintonほか鉄道寮技師設計)である。【鈴木 博之】
[多様な場としての駅]
ヨーロッパやアメリカの駅も,本来は〈うまや〉,すなわち駅馬車が発着したり,馬を替える場所であった。19世紀までの都会には,各方面に向かう長距離駅馬車発着所が分散してあり,多くの場合それは宿屋の中庭であった。…
…1834年に1548駅と1万9850頭の駅馬があったという。馬車の種類は多様であったが,駅馬車が優先権をもつ急行で,パリからは午前6時に11の方面に向けて駅馬車が発車した。車体には改良が加えられ,1830年には1kmを5分45秒で走行したという。…
…19世紀には,走行キロ数に応じて料金を示すタクシメートルが考案され,現在の自動車のタクシーに引き継がれた。 1517年にはパリとオルレアン間にしかなかった駅馬車も,1610年にはシャロン・シュル・マルヌ,ビトリ・シュル・セーヌ,シャトー・ティエリーなどの五つの町とパリとの間に定期的に走り,17世紀末にはフランス国内の主要都市とパリは駅馬車で結ばれていた。1708年にはイギリスでもロンドン~バーミンガム間,45年にはロンドン~マンチェスター間に定期便が往復し,18世紀中にヨーロッパの主要都市間に駅馬車が走るようになった。…
…1930年,フォードの推薦でR.ウォルシュ監督の西部劇《ビッグ・トレイル》の主役に抜擢(ばつてき)されるが(ジョン・ウェインの名まえはそのときにウォルシュからつけてもらった),その後31‐38年に58本に及ぶ〈早撮り西部劇(クイッキー・ウェスタン)〉と呼ばれるB級映画に主演。39年,フォード監督の名作西部劇《駅馬車》で一躍スターの座に上った。《コレヒドール戦記》(1945),《硫黄島の砂》(1949)などで〈戦場の英雄〉を演じて人気を得,また,H.ホークス監督の西部劇《赤い河》(1948)で若き日のカウボーイから老け役まで演じて演技力と風格のある第一級のスターとして認められ,以後,《黄色いリボン》(1949),《静かなる男》(1952),《捜索者》(1956)などの一連のフォード作品では主として〈家庭〉にあこがれながらもそこからはじき出される主人公を,《リオ・ブラボー》(1959),《ハタリ!》(1962)などのホークス作品では従来の完ぺきなヒーローとは似て非なる人間的なやさしさをそなえたヒーローとしての〈ジョン・ウェイン神話〉を形象することになる。…
…《赤い河》(1948)に次ぐハワード・ホークス監督,ジョン・ウェイン主演の西部劇で,このあと同工異曲のプロットと人物配置をもつ同じコンビの西部劇《エル・ドラド》(1966),《リオ・ロボ》(1970)と合わせて〈リオ・ブラボー三部作Rio Bravo Trilogy〉とよばれる。 ウィル・ライト著《六連発銃と社会》(1975)によれば,開拓民の共同体を〈悪〉から守るヒーローの活躍を描いた〈古典的なプロット〉の西部劇に対して,まずジョン・フォード監督の《駅馬車》(1939)が個人の執念に生きるヒーローを描く〈復讐のテーマ〉の西部劇のはじまりとなり,次いで《リオ・ブラボー》がプロのガンファイターたちのプロとしての誇りと責任や腕の競い合いを興味の中心とする〈プロフェッショナルのテーマ〉を開いた西部劇として,トーキー以後の西部劇の流れを変えたという。事実,《リオ・ブラボー》以降の1960年代,70年代の西部劇は,《荒野の七人》(1960),《プロフェッショナル》(1966),《ワイルドバンチ》(1969),《明日に向って撃て!》(1970)等々のように,〈プロフェッショナル〉の集団を描いたものが主流を占めるようになった。…
※「駅馬車」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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