高橋誠一郎(読み)タカハシ セイイチロウ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「高橋誠一郎」の解説

高橋 誠一郎
タカハシ セイイチロウ


肩書
元・文相,慶応義塾大学名誉教授,元・日本芸術院院長

生年月日
明治17年5月9日

出生地
新潟

学歴
慶応義塾大学政治学科〔明治41年〕卒

学位
経済学博士

経歴
明治43年ロンドンに留学経済学史を学んで帰国後、大正3年慶応義塾大学理財科教授、のち経済学部長となり、昭和18年名誉教授、終戦後は塾長代理を務めた。22年第1次吉田内閣に文相として入閣。23年には非会員で日本芸術院長に選ばれ、11期連続して院長を務め、ほかに映倫委員長、東京国立博物館長、文化財保護委員長、国立劇場会長など歴任主著に「経済学前史」「重商主義経済学説研究」「経済学原論」「古版西洋経済書解題」などがある。また、浮世絵の研究家、コレクターとしても知られ、「浮世絵250年」「高橋誠一郎コレクション 浮世絵」ほか多数の解説・研究書がある。54年文化勲章受章。

受賞
文化功労者〔昭和37年〕 勲一等旭日大綬章〔昭和48年〕 文化勲章〔昭和54年〕

没年月日
昭和57年2月9日

資格
?本学士院会員〔昭和22年〕

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「高橋誠一郎」の解説

高橋 誠一郎
タカハシ セイイチロウ

明治〜昭和期の経済学者,浮世絵研究家 慶応義塾大学名誉教授;元・日本芸術院院長;元・文相。



生年
明治17(1884)年5月9日

没年
昭和57(1982)年2月9日

出生地
新潟県

学歴〔年〕
慶応義塾大学政治学科〔明治41年〕卒

学位〔年〕
経済学博士

主な受賞名〔年〕
文化功労者〔昭和37年〕,勲一等旭日大綬章〔昭和48年〕,文化勲章〔昭和54年〕

経歴
明治43年ロンドンに留学。経済学史を学んで帰国後、大正3年慶応義塾大学理財科教授、のち経済学部長となり、昭和18年名誉教授、終戦後は塾長代理を務めた。22年第1次吉田内閣に文相として入閣。23年には非会員で日本芸術院長に選ばれ、11期連続して院長を務め、ほかに映倫委員長、東京国立博物館長、文化財保護委員長、国立劇場会長など歴任。主著に「経済学前史」「重商主義経済学説研究」「経済学原論」「古版西洋経済書解題」などがある。また、浮世絵の研究家、コレクターとしても知られ、「浮世絵250年」「高橋誠一郎コレクション 浮世絵」ほか多数の解説・研究書がある。54年文化勲章受章。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「高橋誠一郎」の意味・わかりやすい解説

高橋誠一郎
たかはしせいいちろう
(1884―1982)

経済学者。新潟県に生まれる。1908年(明治41)慶応義塾政治科を卒業、イギリスに留学し、経済学史を専攻、帰国後母校教壇に立った。イギリス重商主義学説の研究を中心として、その研究領域は中世および古典古代経済学説にまで及ぶが、とくに『重商主義経済学説研究』(1940)とそれに先だつ『経済学前史』(1929)は、重商主義研究の権威としての地位を確立した大著である。47年(昭和22)には吉田茂内閣の文相を務め、その後、日本芸術院院長、東京国立博物館館長、文化財保護委員会委員長、映倫管理委員会委員長などの要職を歴任した。

 また、浮世絵の収集および研究でも著名で、『浮世絵二百五十年』(1961)、『浮世絵随想』(1966)などの著書もある。79年に文化勲章受章。

飯田 鼎]

『高橋誠一郎著『回想九十年』(1973・筑摩書房)』『高橋誠一郎著『随筆慶応義塾――エピメーテウス抄』正・続(1970、82・慶応通信)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「高橋誠一郎」の意味・わかりやすい解説

高橋誠一郎
たかはしせいいちろう

[生]1884.5.9. 新潟
[没]1982.2.9. 東京
経済学者。 1908年慶應義塾大学政治科卒業後,母校で経済学原論,経済学史を講じ,特に重商主義の研究で知られる。 11年イギリスに留学,14年教授,44年名誉教授。 47年吉田内閣の文相をつとめ,教育基本法や六三制を決めた学校教育法を公布。また浮世絵の収集,研究家としても著名。 47年日本学士院会員,48年日本芸術院長,東京国立博物館長,文化財保護委員会委員長,日本経済学会連合初代理事長など文化学術面で要職を歴任。 62年文化功労者,79年文化勲章受章。著書『重商主義経済学説研究』 (1932) ,『経済学史略』 (48) 『浮世絵 250年』 (61) ,『高橋誠一郎経済学史著作集』 (4巻,93~94) 。

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百科事典マイペディア 「高橋誠一郎」の意味・わかりやすい解説

高橋誠一郎【たかはしせいいちろう】

経済学者。神奈川県出身。慶大卒後,同大教授,東京国立博物館長,芸術院長等を歴任。1947年文相。福田徳三門下で経済学史,特に重商主義を研究。また浮世絵の収集・研究家として知られた。主著《重商主義経済学説研究》。1979年文化勲章。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高橋誠一郎」の解説

高橋誠一郎 たかはし-せいいちろう

1884-1982 明治-昭和時代の経済学者。
明治17年5月9日生まれ。イギリスで経済学史を研究,大正3年母校慶応義塾の教授となる。戦後は慶大塾長代理・総長。第1次吉田内閣の文相となって教育基本法を制定。芸術院長,東京国立博物館長などをつとめ,浮世絵の収集でも著名。昭和54年文化勲章受章。昭和57年2月9日死去。97歳。新潟県出身。著作に「重商主義経済学説研究」「浮世絵二百五十年」など。

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367日誕生日大事典 「高橋誠一郎」の解説

高橋 誠一郎 (たかはし せいいちろう)

生年月日:1884年5月9日
明治時代-昭和時代の経済学者;浮世絵研究家。慶応義塾大学教授;日本芸術院院長
1982年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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