高速飛行(読み)こうそくひこう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「高速飛行」の意味・わかりやすい解説

高速飛行
こうそくひこう

通常、音速の70%、マッハ0.7以上の速度飛行をいう。しかし、飛行機の大きさによっても異なるため、明確な定義は下されていない。

[落合一夫]

ピストンエンジン機の限界

ピストンエンジンの時代には、二つの理由によって飛行機の速度は時速約700キロメートル付近が限界であった。つまり、一つはエンジンの出力で、機体およびエンジン自体の構造や強度上の制約で、むやみに大きなエンジンやプロペラが製作できなかったし、機体への取り付けもむずかしかったからである。他の一つは、プロペラによって推進力を得るために生じる空気力学的な「音の障壁」で、プロペラは回転しながら前進するので、プロペラの先端は飛行速度よりずっと速い速度で風が当たる。そのため、翼より先にプロペラに衝撃波が発生し、プロペラの効率を低下させ、またプロペラを回転させるのに要する力を異常に大きくし、エンジンの出力限界と相まって、速度の向上を妨げた。いわゆる音の障壁である。

[落合一夫]

ジェット機の空気力学的問題点

ジェットエンジンの実用化によってプロペラは不要になり、飛行機は音の障壁を突破して、要求があれば音速の2倍、3倍の速度でも飛行できるようになった。しかしこうした速度では、ピストンエンジン機時代には想像できなかった現象が発生してきた。空気力学が、ピストンエンジン機時代は空気を粘性圧縮性もない理想流体として扱えばよかったのに対し、ジェット機に対しては圧縮性流体として考えなければならなくなった。空気の圧縮性の影響が大きくなり始める速度が、音速の約70%(マッハ0.7)とされているので、現在ではこれを高速度と低速度の境界にするのが適当と考えられている。

 高速飛行における空気の圧縮性は、空気密度の変化、とくに衝撃波として現れ、飛行機の性能や空気力学的特性、すなわち操縦性や安定性にいろいろな影響を及ぼす。(1)速度がマッハ0.7を超えると、衝撃波がしだいに強くなり、特定の速度を超えると、空気抵抗が急激に増大(抗力急増drag riseまたはdrag divergence)し、巡航速度を増すことができなくなる、(2)さらに衝撃波が強くなると、衝撃波が生じた部分からの乱気流水平尾翼や補助翼に当たって機体全体に不規則な振動(バフェットbuffet)を発生させる、(3)衝撃波によって翼上面の気流が剥離(はくり)し、迎え角が小さく、しかも高速でありながら失速する(造波失速shock stall)、(4)衝撃波による失速のため翼から水平尾翼に向かって吹き下ろす気流の角度が急変して、高速飛行時の突っ込み現象(タックアンダーtuck under)を生じる、(5)逆に操縦士が押さえきれないほど機首をあげる現象(ピッチアップpitch up)が発生する、(6)左右の翼の製造誤差や横滑りによって衝撃波の強まり方が異なるので、早く造波失速をおこした翼の側に機体が急速に傾き(ウィングドロップwing drop)、安定性を阻害する、などがそれである。

 また、現在のジェット機で採用されている後退翼は、速度の増大に対しては効果的であるが、逆に欠点も少なくない。(1)翼がねじれやすくなり、極端な場合は補助翼が操縦士の操作と逆に作用する補助翼の逆効き(エルロンリバーサルaileron reversal)の現象、(2)もともと上反角効果をもち横安定性・方向安定性が強いところへ、離着陸操作を容易にするための強めの上反角と大きな垂直尾翼を与えてあるためその効果が加わって、横および方向の安定性がきわめて大きくなり、ダッチロールDutch rollという複雑な運動をおこしやすく、また横風中の離着陸操作が困難となる、(3)翼の上面の気流が翼端方向へ流れるので、翼端部分の境界層が厚くなって、きりもみの原因となる危険な翼端失速がおこりやすい。また翼に斜めに気流があたることになり、翼の最大揚力係数や、迎え角に対する揚力係数の増え方などが減少し、低速時の操縦性能を劣化させたり、翼面積の増大が必要で抵抗増大の原因となる、などである。

[落合一夫]

空気力学的な飛行速度の分類

〔1〕亜音速subsonic マッハ0.7以下。飛行機の周囲の気流がどの部分でも音速に達しない飛行速度。

〔2〕遷(せん)音速transonic マッハ0.7~1.2程度。飛行機の周囲の気流が部分によって亜音速と超音速の混在する飛行速度の範囲。イギリスでは高亜音速highsubsonicとよぶことがある。空気力学理論と実際の現象を一致させることが困難なことが多い。

〔3〕超音速supersonic マッハ1.2~5.0程度。飛行機の周囲のどの部分をとっても音速以上で、空気と機体との摩擦による空力(くうりき)加熱が大きくなり、材料の選択や機体の形に研究を要する。

〔4〕極(ごく)超音速hypersonic マッハ5.0以上。空気力学だけでなく、熱力学が必要である。この速度域でも理論と実際はよく一致するとされているが、技術的にはこの速度での飛行は可能ではあるものの、経済的には困難である。

[落合一夫]

『比良二郎著『高速飛行の理論』(1977・広川書店)』『三木鉄夫編『航空宇宙工学概論』(1961・森北出版)』『近藤次郎著『飛行機はなぜ飛ぶか』(1975・講談社)』


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