麻薬・覚醒剤を含む精神作用物質による依存と中毒

内科学 第10版 の解説

麻薬・覚醒剤を含む精神作用物質による依存と中毒(中毒)

 少なからぬ精神作用物質(以下,薬物と称する)は,その使用の結果として,依存(dependence)や中毒(intoxication)を引き起こす.この依存を理解するためには,薬物の乱用,依存,中毒の違いと,これら3つの概念の関係性を理解することが重要である(図16-2-3).
概念,症状・病態,経過
1)薬物乱用(drug abuse):
薬物乱用とは,薬物を社会的許容から逸脱した目的,方法で自己使用することをいう.
 この乱用には,以下のような場合がある.①覚醒剤,麻薬(コカインヘロイン,LSD,MDMAなど),大麻などのように,使用そのものが法律により規制(原則禁止)されている薬物の使用.②飲酒喫煙のように未成年者に対する法規制がある場合の未成年者による使用.③シンナーなどの有機溶剤,各種ガス類の本来用途以外の吸引.④医薬品の治療目的外使用.⑤医薬品の服用量,服用回数の逸脱的使用.これらの場合,その行為は1回でも乱用である.
 ただし,わが国では成人に対する飲酒の法規制はないが,イスラム文化圏では禁じられていることが多く,この乱用という概念は社会規範からの逸脱という尺度で評価した用語であり,医学用語としての使用には難がある.そのため,国際疾病分類第10版(ICD-10)では文化的・社会的価値基準を含んだ薬物乱用という用語を廃し,精神的・身体的意味での有害な使用パターンに対して「有害な使用(harmful use)」という用語を使うことになっている.
2)薬物依存(drug dependence)(図16-2-4):
薬物依存とは,薬物乱用の繰り返しの結果生じた脳の機能異常のために,薬効が切れてくると薬物を再度使いたいという渇望(craving)に打ち勝てずに,その薬物を再使用してしまう状態をいう.
 薬物依存を理解するためには,身体依存(physical dependence)と精神依存(psychic dependence)の2つに分けて考えると理解しやすい.
 身体依存とは,長年の薬物使用により生じた人体馴化の結果であり,その薬物が体内に入っているときには,さほど問題を生じないが,これが切れてくると,いろいろな症状(離脱症状(退薬徴候),禁断症状ともいう)が出てくる状態である.断酒による手の震えや振戦譫妄 (意識障害)が典型である.身体依存に陥ると,退薬時の苦痛を避けるために薬物を手に入れようと行動する.この薬物入手のための行動を薬物探索行動(drug seeking behavior)という.
 一方,精神依存とは,その薬効が切れても,離脱症状は出ない(ないしは,実生活上,問題とはならない).ただし,薬効が切れると,その薬物を再度使用したいという渇望が湧いてきて,その渇望をコントロールできずに薬物探索行動に走り,薬物を再使用してしまう状態である.
 身体依存でも精神依存でも,必ず薬物探索行動という形で表面化する.しかも,薬物依存の本態は精神依存であり,身体依存は必須ではない.アルコールモルヒネ,ヘロインなどの多くの中枢神経抑制系の精神作用薬物には身体依存と精神依存の両方があるが,覚醒剤,コカイン,LSDなどの多くの中枢神経興奮系の精神作用物質には身体依存はない(ないしは,実生活上,問題とはならない)とされている.
 以上とは別に,多くの精神作用物質では,その使用を繰り返すうちに,その薬物に対する人体の慣れが生じ,同じ効果を得るためには摂取量を増やす必要が出てくる(耐性:tolerance).ただし,耐性自体は薬物依存の必須条件ではない.コカインには耐性はないとされている.
 薬物ごとに脳での作用部位は異なるが,依存という病態に陥っているからには,中脳腹側被蓋野から側坐核に至る脳内報酬系(A10神経系)に共通して異常が起きていることが判明している.このA10神経系で最も主要な役割を果たす神経伝達物質がドパミンである.
3)薬物中毒(drug intoxication):
薬物中毒は急性中毒と慢性中毒に分けられる.
 急性中毒とは,依存の存在にかかわりなく,薬物を乱用さえすれば誰でも陥る可能性のある状態である.典型は「一気飲み」というアルコールの乱用の結果生じる急性アルコール中毒である.
 一方,慢性中毒とは,薬物依存の存在の元で,その薬物の使用を繰り返すことによって生じる人体の慢性的異常状態である.依存に基づく飲酒,喫煙による肝硬変,肺癌は慢性中毒として理解できる.幻覚妄想状態を主症状とする覚醒剤精神病や無動機症候群を特徴とする有機溶剤精神病も慢性中毒である.
 覚醒剤精神病では被害妄想,関係妄想,注察妄想,精神運動興奮,幻聴,幻視などが出現する.しかし,これらの症状は抗精神病薬の投与により3カ月以内で約80%は消し去ることができる.しかし,幻覚妄想状態が消えたからといって,薬物依存までもが消えたわけではない.
 重要なのは,薬物乱用,薬物依存,薬物中毒の関係が,同一平面上の概念ではないということである(図16-2-3).薬物依存が存在する限り,いつでも薬物乱用が起き得る(あるいは頻発する)のである.
 各依存性薬物の特徴を表16-2-10に示した.
治療
 薬物依存を「治す」特効薬はない.いったん異常となったA10神経系は半永久的に元には戻らない可能性があるとされている.
 これは糖尿病などの慢性疾患に近い病態だと考えられる.「治す」のではなく,コントロールする必要がある.薬物依存の場合には,まずは薬物の使用を断ち,その後は再使用しないように自己コントロールし続けることが治療となる.そのために実行すべきことは,それまでの薬物使用に関係していた状況(人間関係,場所,金銭,感情,ストレスなど)を整理・清算し,薬物を使わない生活を持続させることである.ただし,一人での決意はほとんど持続しない.持続させるためには,これらの整理・清算を認知行動療法を用いて体系的に習得させてくれる医療施設,相談施設に通い続けるか,DARC(ダルク,Drug Addiction Rehabilitation Center)やNA(Narcotic Anonymous)などの自助活動に参加し続け,同時に,薬物を使わない新しい仲間を作ることが大切である.また,「認知行動療法を一通り受けたからもう大丈夫」ということでもない.参加し続けることが糖尿病治療でのインスリン治療と同じ意味をもつと考える必要がある.[和田 清]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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