薬物依存を引き起こす薬物は表7に示すように、中枢神経系を興奮させたり抑制したりして、「こころ」のあり方を変える作用をもっています。これらの薬物を連用していると
薬物依存には、薬物の連用を中断すると、落ち着きを欠き、焦燥感や怒りっぽさを示す精神依存と、薬物特有の
現在のところ、日本で流行している乱用薬物は
また、何とかして薬物を入手し「薬物中心の生活」をしている薬物依存者は、同時に周囲にいる家族にも依存しないと、一人ではその生活が成り立ちません。家族を不安に陥れては、自分の薬物依存の生活を支えるように仕向ける「ケア引き出し行動」が非常にうまいのも特徴のひとつです。
薬物依存の治療の主体は依存者自身なのですが、薬物依存の結果引き起こされた借金や事故・事件などの問題に対して、周囲にいる家族などが尻ぬぐいや転ばぬ先の杖を出しているかぎり、家族の努力は決して報われることはありません。このように依存者の「薬物中心の生活」に巻き込まれて、際限なく依存者の生活を丸抱えで支えている家族などを「イネイブラー」といいます。
薬物依存でみられる症状としては、①乱用時の急性中毒症状、②精神依存の表現である薬物探索行動と強迫的な薬物使用パターンなど、③身体依存の表現である各薬物に特有な離脱症状(
何とかして薬物を入手するための行動を「薬物探索行動」といいますが、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬の依存では、指示された以上に服用するために、薬をバスに忘れたとか落としてしまったと嘘をついたり、同時に複数の医療機関に受診すること(ドクターショッピング)がみられたりします。有機溶剤や覚せい剤の依存では、多額の借金をしたり、万引き・恐喝・売春・薬物密売などの事件を起こすこともしばしばあります。
日本で流行している乱用薬物では、比較的高率に
診断は、本人・家族などからきちんと使用薬物やその使用状況、離脱症状の経過などが聴取できれば、比較的容易です。合併する肝臓障害、末梢神経障害などの身体障害や精神障害は、それぞれ専門的な診断を必要とします。静脈内注射による使用者では、とくにB型・C型肝炎、HIV感染をチェックする必要があります。
中毒性精神病が発病していれば、まず精神科病院に入院して、依存対象の薬物から
薬物依存の治療には、認知行動療法が有効です。
薬物依存者の薬物中心の生活に巻き込まれ、イネイブラーの役割を演じている家族などが、自分の行っている余計な支援にきちんと限界を設けて、薬物依存の過程でみられる各種の問題の責任を依存者自身に引き受けさせるようにしていけば、依存者は「
さらに、断薬継続のためには、NA(ナルコティクス・アノニマス)などの自助グループのミーティングに参加することが有効です。
喫煙・飲酒を経験したことのある未成年者は、薬物乱用・依存のハイリスク集団です。薬物の乱用・依存は素人でも診断できてしまうため、素人判断で対応をしてしまうことにより、かえって重症化してしまうことが多いものです。
したがって、有機溶剤・覚せい剤などを乱用している疑いがあれば、早期に児童相談所、教育相談所、地元警察署少年課、精神保健福祉センター、薬物依存専門の精神科病院に相談することが、重症化を防ぐことにつながります。
なお、麻薬に指定されているアヘン類、コカイン、LSD、MDMAなどのほか、大麻による依存を診断した医師には、「麻薬および向精神薬取締法」によって、本人の住所地のある都道府県の業務主管課に届け出の義務が課せられています。
小沼 杏坪
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
薬物の反復摂取の結果として,その薬物の摂取がやめられなくなる状態で,精神的に薬物摂取の継続を渇望する状態を精神的依存psychic dependence,また,薬物摂取をやめると,種々の身体的異常,すなわち退薬症状(禁断症状)がでてくるような状態を身体的依存physical dependenceとよぶ。これらの依存,とくに身体的依存には,しだいに薬物の用量をふやさないと初めと同じ薬効が得られなくなる,いわゆる耐性toleranceが伴う。精神的あるいは身体的依存のどちらが形成されるか,または両者を共有するかのほか,退薬症状の相違や耐性を伴うか否かなどによって,表のように分類される。
精神的依存の形成には,その薬物に対する初期体験が最も重要な要因となり,反復連用によってその危険性が増大するが,依存性薬物とのはじめての接触で完全な精神的依存が生じるわけではなく,たとえば,あまり少量では当然薬物の効果が期待できないし,一方,誤って大量の中毒量を摂取したような場合は,かえって不快な副作用が強く,再びその薬物をとろうとの欲求は生じないので,薬物本来の性質に加え,最初の体験時の用量をはじめ,投与間隔,投与期間,環境,生理条件など,その他の条件が重要な影響をもつ。
一方,身体的依存も,初期の体験からきわめて速やかに形成されることが知られている。身体的依存の結果として,退薬によって出現する退薬症状は,一般にその薬物の通常の薬理効果の逆の作用が現れる。すなわち,モルヒネなど麻薬性鎮痛薬の場合には,これら薬物の中枢神経系抑制による鎮静,体温降下,血圧降下などとは逆に,不眠,落着きのなさ,急激な体重減少のほか,血圧上昇をはじめ数々の自律神経系の失調の症状を呈し,バルビツレート・アルコール型依存の退薬では,不安,不眠,振戦,痙攣(けいれん)のほか幻覚,妄想などがみられる。バルビツレートとアルコールによる依存の状態は類似しており,一方の退薬症状が他方によって抑制されるいわゆる交差依存が成立することから,一つの依存の型に分類されている。この型の依存には,バルビツレートやアルコールのほか,各種の非バルビツレート催眠薬や抗不安薬など,化学構造はまったく異なるが薬理効果の類似する各種の薬物が含まれる。麻薬,催眠薬,アルコール,覚醒薬などの連用が続くと,依存から中毒にまで進み,社会的にも大きな問題となることが多い。
執筆者:金戸 洋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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