麻薬条約(読み)まやくじょうやく(その他表記)conventions on narcotic drugs

日本大百科全書(ニッポニカ) 「麻薬条約」の意味・わかりやすい解説

麻薬条約
まやくじょうやく
conventions on narcotic drugs

麻薬等の規制に関する国際条約

 現在の国際的な薬物規制の仕組みは、次の三つの基本的な条約によって形成されている。

①「麻薬に関する単一条約(単一条約)」
1961年3月採択、1964年12月発効。2025年3月時点で締約国は154か国。日本は1961年(昭和36)7月署名、1964年7月に批准書を寄託し、同年12月に発効。

②「向精神薬に関する条約(向精神薬条約)」
1971年2月採択、1976年8月発効。2025年3月時点での締約国は184か国。日本は1971年12月署名、同年8月に批准書を寄託し、11月に発効。

③「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(不正取引防止条約/麻薬新条約)」
1988年12月採択、1990年11月発効。2025年3月時点での締約国は192か国。日本は1989年(平成1)12月署名、1992年6月に批准書を寄託し、同年9月に発効。

 日本を含む世界のほとんどの国がこれらに加盟しており、加盟国はこれらの条約の趣旨に沿って国内法を整備する義務がある。条約の遵守状況は国際麻薬統制委員会(INCB:International Narcotics Control Board)によって監視されている。

園田 寿 2025年10月21日]

前史

国際的な薬物規制の歴史は、19世紀から20世紀にかけて中国で深刻化したアヘン禍に始まる。当時、数千万人がアヘンに依存し、これが東アジア全域に広がり世界的な問題となった。とくに1898年のアメリカ・スペイン戦争で勝利したアメリカが、アヘン問題を抱えるフィリピンを植民地としたことで、アメリカはアヘン問題を自国の問題として認識するようになった。

 アメリカの主導により1909年に上海(シャンハイ)で会議が開催され、1912年にはアヘン取引を制限する最初の国際合意であるハーグ・アヘン条約(万国阿片(あへん)条約)が成立した。この条約の特徴は、合法な医薬品の横流しが問題のおもな原因であった当時の状況に対処するため、各国の医薬品流通管理を強化することであり、薬物の非医療的(娯楽的)使用を直接処罰することには消極的であったことである。

 各国で薬物の国内流通管理が強化されるなか、1931年の「麻薬の製造の制限及び分配取締に関する条約」が締結されて、今度は新たな問題が生じた。それは、流通規制の強化が結果として違法取引される薬物の闇価格を上昇させ、違法薬物市場を活発化させてしまったことである。そこで、薬物の違法取引自体を国際犯罪として直接罰則の対象とする条約が新たに締結された(「危険薬物の不正取引の防止に関する条約」1936年)。

 第二次世界大戦後、国際連盟にかわって国際連合が設立されると、国連は複雑化した既存の条約を統合し、薬物統制機構を簡素化する作業に着手した。そして1961年に成立したのが、単一条約である。

[園田 寿 2025年10月21日]

単一条約――薬物規制のパラダイム転換

前文で麻薬への依存(addiction)を「個人にとっての重大な害悪(evil)」であり「人類に対する社会的及び経済的な危険」と述べ、「この害悪を防止し、かつ、これと戦う」ことが締約国の義務だとした。ここで「悪」という感情的なことばを使ったことに、この条約の特徴が現れている。基本的な内容としては次の点を指摘することができる。

 第一に、合法な薬物の過剰供給の制限による横流しの防止という方針から脱却し、薬物の濫用(使用)自体を処罰する段階へと進んだ。第二に、条約は初めて正面から罰則規定を盛り込み、不寛容主義(ゼロ・トレランス)、懲罰主義にたつことを明らかにし、薬物の濫用に対して刑罰で厳しく対処することを宣言した(懲罰的断薬主義)。第三に、薬物規制の歴史上初めて、大麻植物やコカノキなどの栽培・取引・消費を完全に禁止し、これらを地球上から根絶することを目ざした。

[園田 寿 2025年10月21日]

単一条約以後

単一条約は成立したが、その後も合成薬物製造の技術が進み、アンフェタミン(覚醒(かくせい)剤)や幻覚剤などの向精神薬が出回り、これらが規制の枠組みから漏れる状態が生じた。そこで1971年に、向精神薬の規制について単一条約の管理システムをモデルとした規制体制を導入する向精神薬条約が締結された。条約制定の背景には、とくにアメリカ国内の反戦運動や政府に対する抗議運動、東西冷戦の深刻な緊張などを背景とした若者の間での薬物蔓延(まんえん)の懸念があり、これらが薬物への抑圧的で懲罰的な対応を強めた。

 現在の薬物統制システムの最終条約である不正取引防止条約は、1988年に締結された。この条約は、不正薬物の取引に関連し、取締体制を強化することを目的としている。条約は各国に対し、国際的な法執行機関や他国の捜査機関との協力、調整などを求めた。おもな導入事項として、以下の点がある。

①コントロールド・デリバリーcontrolled delivery(監視付移転)の許容(捜査機関が規制薬物の荷物についてその場で押収せず、監視をしながら薬物の運搬を追跡して、受け取った者を検挙する捜査手法。いわゆる泳がせ捜査。監視付移転の際の規制薬物は、その全部または一部を抜き取ったり、砂糖や小麦粉などの無害な別のものに入れ替えることもある。規制薬物を取り除いて運搬の追跡捜査をすることをクリーン・コントロールド・デリバリーという)
②合成薬物に必要な化学物質前駆体の管理システムの導入。

③マネー・ロンダリングの防止。

④資産の差押えと身柄引渡しを可能にする国内刑事法の制定。

 日本はこの条約に沿って、1991年(平成3)に「麻薬特例法」(正式名称「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」平成3年法律第94号)を制定した。同法は本来コントロールド・デリバリーを適法とするために制定されたが、近年では証拠物たる薬物がすでに消費されて存在しない事件(物(ぶつ)なし事件)など、コントロールド・デリバリーと無関係な事案にも拡大適用されている。

[園田 寿 2025年10月21日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「麻薬条約」の意味・わかりやすい解説

麻薬条約
まやくじょうやく

麻薬取締りに関する国際条約。国際的な麻薬取締りの動きは,古くは 1909年の上海会議の国際アヘン会議決議,12年の国際あへん条約などがあげられるが,この麻薬条約は 61年に開催された国連会議で,それまでの8条約を統一して採択されたもの。正式には「1961年の麻薬に関する単一条約」といわれる。この条約の履行機関として国際麻薬統制委員会が設けられた。またその後,この条約で規制の対象にならなかった物質の出現により,国連会議は 71年に「向精神剤に関する条約」を採択し,同年3月には,国連により「国連麻薬統制基金」が設置された。しかしその後も麻薬取引は国際シンジケートにより一層拡大してきたことから,88年により効果的な新条約「麻薬および向精神薬の不正取引の防止に関する国連条約」が採択された。これは薬物不正取引の処罰,不正取引によって得た財産の没収,国外犯の引渡し,薬物国際運搬の監視などを定めたもので,同時に 91年からの 10年間を「麻薬乱用根絶の 10年」と宣言している。

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