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黒田東彦 くろだはるひこ

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知恵蔵2015の解説

黒田東彦

第31代日本銀行総裁。1944年福岡県生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)附属駒場中学、高校を経て、東京大学法学部を卒業。大蔵省(現・財務省)に入省後、オックスフォード大学経済学研究科修士課程を修了。この時期が黒田氏の経済学的知見の原点だといわれる。財務官僚として国際金融局主税局などを経て財務官、退官後はアジア開発銀行総裁などを歴任。リフレ派的な観点から日銀生え抜き白川方明(前)総裁らの金融政策に苦言を呈し、日銀が市場を操り物価上昇を目指すべきであるとの持論から、量的緩和の拡大や為替相場への積極介入などを主張してきた。2013年3月の総裁就任に際しては、岩田規久男日本銀行副総裁らとともに、アベノミクスなどと称して安倍内閣が推し進める経済政策に合致した新体制の確立を目指す人事として注目された。
総裁就任後もアベノミクスの牽引者であることを自認してはばからず、日銀金融政策決定会合では、次元の違う金融緩和だ。戦力の逐次投入はせず、必要な政策は全て講じたと主張した。マネタリーベースを2年で2倍に増やすという、「量的質的にこれまでと次元の違う」金融緩和策により、デフレの脱却に導くとする。物価上昇2%という「物価安定の目標」を掲げて全力を尽くすと表明した。
これまでの日銀とは大きく異なる、政策論的な積極性に、経済界からは好感と期待が寄せられている。しかし、日銀(中央銀行)が国債を引き受けるということの本質的なリスクを無視することはできず、無理なインフレ策は資金が株や不動産などに向かい、バブルが起こるのではとの懸念も払拭(ふっしょく)されているわけではない。また、同氏がかつての著書『通貨の興亡』(中央公論新社)などで述べていた、東アジアにドルやユーロと共存できるような共通通貨をつくり、EU統合のようなアジア経済共同体を形成するなどの主張が、日銀総裁としての立脚点とどう関連していくのかなど、今後の行方を危ぶむ声もある。

(金谷俊秀  ライター / 2013年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

くろだ‐はるひこ【黒田東彦】

[1944~ ]官僚・銀行家。福岡の生まれ。大蔵省(現財務省)に入省し要職を歴任。退官後はアジア開発銀行総裁などを経て、平成25年(2013)日本銀行総裁に就任した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黒田東彦 くろだ-はるひこ

1944- 昭和後期-平成時代の財務官僚。
昭和19年10月25日生まれ。昭和42年大蔵省に入省。46年オックスフォード大経済学研究科修士課程を修了。大阪国税局長,大蔵省大臣官房審議官,大蔵省会計センター所長兼財政金融研究所長,大蔵省国際局長などをへて,平成11年大蔵省財務官(13年省庁再編により財務省財務官)。15年財務省を退官して一橋大教授。東アジア共同体論者として知られ,金融緩和にも前向きとされる。17年アジア開発銀行総裁に就任。25年日本銀行総裁。福岡県出身。東大卒。著作に「財政金融政策の成功と失敗―激動する日本経済」「通貨の興亡―円、ドル、ユーロ、人民元の行方」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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