鼻粘膜からの出血で,医学用語では鼻出血という。耳鼻咽喉科の患者総数の2~3%を占めるが,実際の頻度はより高い。年齢の分布をみると,10歳と20歳とに大きなピークがあって,40歳以上では二,三の小さなピークを示す。男と女とでは年齢の分布が異なり,男では10歳に大きなピークがあるが,女では20歳に至るまでになだらかに増加する。各年代を通じて男は女の約2倍の率を示すが,30~40歳の間に限って男と女の比が3対2となる。左右差はないが,鼻中隔彎曲(びちゆうかくわんきよく)症の凸側におきやすい。季節との関係では,春から夏,ことに5月と8月に多い。冬におこる鼻出血は中・高年者に多く,重症で入院を必要とすることもまれではない。
鼻出血には,動脈からの出血と静脈からの出血とがある。どちらの出血が多いかは年齢によって異なり,40歳以下では静脈性と動脈性の比が3対1であるが,40歳以上では1対1となる。一般に,小児や青年の鼻出血が軽症で,中・高年の鼻出血は重症である。原因のいかんを問わず鼻出血が好発しやすい部位は鼻中隔の下前方であって,キーセルバハ部位と呼ばれる。この部位は軟骨の表面に血管に富んだ薄い粘膜があり,前鼻孔から小指の先を入れてちょうど指先がふれる部位である。キーセルバハ部位には血管の分布が豊富であって,外頸動脈と内頸動脈の両者から供給を受けている。
鼻出血を原因から分類すると,はっきりとした原因が不明なグループ(医学的には特発性鼻出血という)と,原因がはっきりとしたグループ(医学的には症候性鼻出血という)とになる。原因が不明な特発性のグループは鼻出血総数の約80%を占め,なんの心当りもないのに突然に,しかも出血の時間は短時間(数分から10分以内)に限られる特徴がある。原因が明らかな症候性のものには,外傷,鼻の腫瘍,高血圧症,動脈硬化症,白血病,貧血などさまざまな病気がある。小児の鼻出血に多い原因は外傷で,頭や顔を打った,鼻炎や副鼻腔炎でくしゃみや鼻をかむ回数が多い,鼻腔に異物を入れた,鼻をこすったりほじったりした,などがよくみられる。いずれも出血しやすい部位はキーセルバハ部位であるが,高血圧症や動脈硬化症の部分的な現象として鼻出血がおこると,その出血部位は鼻腔後方の大きな動脈で,出血量が多く,病院に入院して止血しなければならないことも多い。高齢者(50~60歳以上)での鼻出血では,癌によることもあるから精密な診断が必要である。
鼻出血がおきたときにたいせつなことは三つある。一つは患者も家族も落ち着くことで,鼻出血が生命にかかわることはまれである。二つは患者の頭を高くすることで,座るか,いすに腰かけてうつむく姿勢が最もよい。幼児では横に抱いて頭を高くする。あおむけにねかせると血がのどにまわって呼吸が苦しくなるし,血液をのみこむと気分が悪くなって吐き出すことになる。首すじをたたくことは無効であるばかりか有害である。うつむいて前鼻孔からぽとぽとでるくらいならば,鼻翼をつまんで押さえるか,小指の先くらいの綿を前鼻孔に入れて鼻翼を押さえればよい。両方の前鼻孔から出血し,のどにもまわってたえずはき出すような場合は,すぐに耳鼻科医を訪れるのがよい。鼻出血が止まってから,検査を行って原因を調べる。約60%の鼻出血は10分以内に止血する。
→鼻
執筆者:飯沼 寿孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
鼻からの出血で、鼻出血(びしゅっけつ)ともいい、種々の原因でおこる。局所の原因としては、鼻の外傷(鼻いじりや気圧の変化によるものもある)、異物(動植物、無生物、鼻石など)、炎症(細菌性やウイルス性の急性・慢性鼻炎や副鼻腔(びくう)炎など)、良性あるいは悪性の腫瘍(しゅよう)(鼻、副鼻腔、鼻咽頭(いんとう))、アデノイド、副鼻腔や上咽頭の手術後などがあげられる。全身性の原因としては、高血圧、動脈硬化、慢性腎炎(じんえん)、妊娠、興奮などによる動脈圧の上昇、静脈圧の上昇、心臓疾患、百日咳(ぜき)や肺炎を含む肺疾患、血液および血管疾患(白血病、血友病、紫斑(しはん)病、貧血など)、ビタミンCやKの欠乏、重症肝疾患、内分泌疾患、代償性月経などがある。しかし、原因がまったくわからない特発性出血も少なくない。
出血部位は原因によって異なるが、鼻出血の90%は鼻中隔の前下部で、キーセルバッハKiesselbach部位あるいはリトルLittle部位とよばれる。ここは粘膜と皮膚の移行部に近く、正常でも血管が浮き出てみえることもあり、動静脈叢(そう)が発達しているので、わずかの外力でも障害を受けやすく、出血しやすい。ついで多いのは中鼻甲介や中鼻道である。出血の程度は種々であり、取るに足らない少量のものから致命的なものまである。普通は前鼻孔より流れ出るが、同時に後方へ回り、咽頭に流下したり、反対側の前鼻孔より出ることもある。咽頭へ流下した血液を飲み込むと、それが喀血(かっけつ)や吐血の原因になることもある。少量の鼻血は幼少児に多いが、大出血は老人に多い。
治療でもっとも注意しなければならないことは、咽頭へ流下した多量の血液が気管内に流入して窒息することのないように気道を確保することである。食道から胃へ飲み込むと嘔吐(おうと)し、そのために血圧が上昇して出血を増加させる危険もある。咽頭へ流下した血液は静かに吐き出すようにさせる必要がある。小出血の場合は頭の位置を高くし、できれば座らせる。鼻孔に脱脂綿を入れ、通常の出血部位である鼻中隔の前下部(キーセルバッハ部位)の血管を圧迫するため、両鼻翼を外から指で挟むようにして圧迫する。鼻根部と後頭部を氷または水で冷罨法(あんぽう)する。大量の出血の場合でも、頭をできるだけ高くして寝かせ、口を軽くあけて咽頭に回った血液が流れ出るようにさせる。誤って嚥下(えんげ)すると危険なことは前述したとおりである。不安になったり、興奮すると血圧が変動して出血が増加するので、介抱する者は安心感を与えるように注意する。ときには鎮静剤の投与を行う。もし大量出血によるショックをおこした場合は、その治療を優先させる。止血剤や血管収縮剤を浸した脱脂綿やガーゼを鼻腔内にできるだけ挿入して圧迫止血する。ときには空気で膨らませるバッグを挿入することもある。このようにしても咽頭への血液流下が多いときには、咽頭から後鼻孔のパッキングを行う。
全身的な治療としては、止血剤のほか、ガーゼなどを挿入した場合は抗生物質の投与、全身状態に応じた輸液や輸血を行う。こうした緊急治療を行ったのちに、原因疾患の治療をする。繰り返し出血する場合は、出血部位の電気焼灼(しょうしゃく)や、場合によっては支配動脈の結紮(けっさつ)などが必要となる。
[河村正三]
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