最新 心理学事典 「聴覚障害」の解説
ちょうかくしょうがい
聴覚障害
hearing impairment
【聴覚障害の原因と障害像】 聞こえる音の音質,すなわち聞き取る音の明瞭さ,聞き分けやすさに大きく影響する要因として,伝音難聴conductive hearing lossと感音難聴sensorineural hearing lossがある。耳に入る音は空気や骨などを伝わる振動から成る信号であり,内耳の変換器(コルチ器)で神経を伝わる電気的な信号に変換される。振動として信号が伝わる部分を伝音系,電気的な信号への変換とその後の神経路の伝達部分を感音系といい,それらの系のいずれかに障害を受けると伝音難聴,感音難聴といわれる。伝音難聴の原因には,中耳炎などがあり,浸出液などの影響で音の振動伝達が妨害され音が聞こえにくくなる。補聴器で信号を増幅すれば健聴者とほぼ同質の信号を受け取ることができる。感音難聴の原因は,髄膜炎やおたふく風邪などの病気,薬物,騒音,加齢,遺伝的な原因などが挙げられるが,原因不明の場合も多い。重度の感音難聴児の多くは内耳の障害によるものであり,聞き取る音の強さと質の低下がもたらされ,音が小さく聞こえるだけでなく,音の明瞭さが低下し,音情報の聞き分けが困難となる。補聴器で入力音を増幅しても,音質の低下は改善されないので,健聴者と同様な音や音声の聞き分けは困難となる。
【読話と手話】 障害の生じた時期により,ことばの習得への影響が生じる。ことばの基礎は聴覚を通して3歳ころまでに獲得されるが,ことば習得以前に重度な聴覚障害が起こると,音声情報の取得困難から,ことばの習得がきわめて困難となる。ことばは,コミュニケーション,知識,情緒,さらには文化の基礎と強くかかわるものであり,これを,各自の保有する聴覚や他の感覚をも用いて,どのように形成していくかが大きな課題となる。聞こえる音の大きさや音質,障害発生時期によって障害像を大別すると,聞こえが比較的良い場合は,伝音,感音難聴とも,基本的には補聴器によって音声情報を取得することが可能となる。聞こえが困難で,補聴器を装用しても音声情報の十分な獲得が困難な場合には,話者からの限られた音声情報に加えて,口の動きや顔の表情,話の内容に関する背景知識や文法的な知識を用いて,話者の話を理解する。これを読話speech readingという。これに加えて手話sign languageや指文字finger spelling,manual alphabetなどを用いることも多い。指文字はことばの音節を片手の指を屈伸して表現するものである。手話は大きく分けて2種類あり,一つは日本語対応手話といい,日本語の文法に沿って日本語の単語に対応する手話単語を表出する。もう一つは日本手話といい,日本語の文法を前提とせず,手の動き,顔の表情,身体の向き,自分の前面の空間などの視覚情報を巧みに用いることにより,意味の表出と理解を行なう。日本語習得前に重度の感音難聴となった者(聾者)は,とくに聾者同士の会話では日本手話を用いることも多い。一方,日本語習得後に重度の障害が生じた場合は,後天聾といわれ,自分の音声は相手に容易に理解されるが,相手の発する音声の理解がきわめて困難となる。こういったコミュニケーションの障害は,心理的な孤立をもたらし,家庭や職場での適応困難が生じる場合もある。
【補聴器と人工内耳】 難聴者の聞こえ方は個人によってさまざまであり,高い音が聞こえにくい,高い音も低い音も聞こえにくいなどの違いがある。補聴器を用いて難聴者の聞こえを改善しようとする場合には,個々の難聴者の聞こえ方を,聴力検査audiometryなどによって正確に把握する必要がある。補聴器は,音の増幅と音質の調整が可能であり,個々の難聴者が最も聞きやすい音量と音質が提供できるよう調整される。また,デジタル補聴器では,音の調整がデジタル化された信号で行なわれ,個々人の聞こえ方の違いに対して,音質や音圧面でのより細やかな対応が可能であり,また騒音下での音声聴取を改善するなど,より柔軟な調整が可能となっている。補聴器は耳介後部に隠れるもの,外耳道内に収まるものなど,小型化されている。
一方,人工内耳はマイクロフォンから入った音をプロセッサで処理し,頭部に埋め込まれた電極を通して内耳の聴神経を直接電気的に刺激して音情報を伝えるものである。電気刺激は,個々の難聴者に合わせて調整される。補聴器に比べ,より強力かつ効果的な音刺激を安定して伝えることができる。また,新生児聴覚スクリーニング検査の普及と相まって,生後きわめて早い時期から聴覚の評価とそれに基づく聴覚活用が可能となった。人工内耳は,このような聴覚の早期活用により,大きな効果を上げつつあり,装用児の増加,装用年齢の低下が進んでいる。外国の報告では,生後半年の装用と適切な指導で,5歳ころまでには健聴な子どもと同じレベルの言語発達が可能であるともいわれている。しかし,人工内耳は,手術するだけで完全な聴覚が確保されるものではなく,装用後また装用前にも聴覚を適切に活用するためのていねいな指導があって,初めてその効果が発現される。一方,効果には個人差が大きいこと,言語発達の面でのさらなる課題も指摘されているが,器機や手術での技術向上,指導法の改善が進むことにより,さらなる発展が期待されている。人工内耳の早期装用やそれに伴う支援において,医療と教育との間のより緊密な連携が求められてきており,その役割を担う新たな要員として言語聴覚士が挙げられよう。
【言語聴覚士speech-language-hearing therapist(ST)】 言語聴覚士は国の資格であり,主として医療や保健・福祉の場で,聞こえ,発声・発語,言語,嚥下などに困難のある,幼児から高齢者に対する支援を行なう専門職である。重度の聴覚障害乳幼児に関しては,これまで,主として特別支援学校(聴覚障害)の幼稚部や教育相談,難聴児を対象とする特別支援学級,あるいは難聴幼児通園施設などで専門的な療育や教育的な支援が行なわれてきた。今後は,言語聴覚士との連携協力の中で,子どもの将来を見据え,医療と教育が密接に連携したより良い教育環境作りを進めていく必要がある。
【聴覚障害児・聴覚障害者の教育】 わが国の聴覚障害教育の場としては,特別支援学校(聴覚障害),小学校・中学校に設置される特別支援学級,そして通常の学級がある。いずれも聴覚障害から生じるコミュニケーションや日本語の習得,心理的な支援,社会適応などの面で,個に応じた配慮のもとで教育が行なわれている。個々の子どものコミュニケーションや日本語の習得状態,学力,性格,保護者の考えなどのさまざまな面から判断し,最も適切と思われる学習や生活の場が選択される。基本的には,重度の聴力レベルの場合には特別支援学校(聴覚障害)で学び,中等度・軽度の場合には,特別支援学級や通常の学級で学ぶことが多い。特別支援学校や特別支援学級は,聴覚障害やそこから生じる2次的な課題に対応しうる専門的な教員や施設・設備面での配慮などがなされ,教科など通常の学校教育で指導される学習内容に加えて,聴覚の障害に積極的に対応するため,自立活動という領域が特別に定められ,日本語の指導,聴覚活用,読話・発音指導,手話などの指導,社会適応のための指導などが行なわれている。また通常の学級でも,教師の音声を文字に変えて難聴児に提供するなどの情報保障支援が行なわれる場合もある。通常の学級では,本人への直接的な指導に加え,聴覚障害や聴覚障害児に対する,担任教師や周りの子どもたちの理解がきわめて重要である。 →聴覚
〔四日市 章〕
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