鼓室とそれに連結している側頭骨の含気蜂巣(ほうそう)の炎症で、急性中耳炎、滲出(しんしゅつ)性中耳炎、慢性中耳炎に分ける。
急性中耳炎は一般的にはかぜ、ときにはアレルギーによる上気道の炎症に続発することが多い。小児、とくに生後6か月から2歳くらいの間にかかりやすく、成人の85%は幼少期に急性中耳炎にかかった経験をもつといわれるほど頻度の高い病気である。最初の症状は、かぜの症状に耳が閉塞(へいそく)したような感じが加わり、自分の声が大きく聞こえるような感じがする(カタル性中耳炎)。しだいに耳の聞こえが悪くなるが、難聴は伝音難聴である。鼓室内の粘膜が腫脹(しゅちょう)し、滲出液が貯留し、病原菌の感染がおこる(急性化膿(かのう)性中耳炎)。起炎菌でいちばん多いのは肺炎球菌、ついでインフルエンザ菌、レンサ(連鎖)球菌で、耳管を通って鼓室に侵入するのが普通である。この時期になると発熱(小児でより著明)と突き刺すような、あるいは錐(きり)で穴をあけるような、激しい耳痛がおこる。鼓膜は全体的に発赤し、鼓室内には膿が充満して、鼓膜が膨隆し、最終的には鼓膜が破れ(鼓膜穿孔(せんこう))、膿が外耳道に流れ出る(耳漏)。耳漏が出ると耳痛と発熱は改善することが多い。治療には身体の安静と抗生物質の全身投与がもっとも重要である。耳痛に対しては耳の後部(乳突部)の冷罨法(れいあんぽう)や鎮痛剤の投与を行う。鼓膜の膨隆があるときは積極的に鼓膜切開を行うのがよい。鼓膜切開後の穿孔は2~3日で閉鎖し、穿孔を残すことはないが、自然に生じた穿孔は永久的に残遺したり、中耳炎の慢性化の原因になることもある。経過が順調な場合、2~3週間で鼓膜穿孔や難聴を残さず治癒する。合併症としては乳突洞炎、内耳炎、顔面神経麻痺(まひ)、ときには頭蓋(とうがい)内に化膿性疾患をおこすこともある。合併症のおこる危険があるときは手術(乳突削開術)を行う。
滲出性中耳炎は鼓室の中に滲出液が貯留する病気で、近年急に多くなってきている。急性中耳炎が完全に治癒せずにこの状態に移行することもある。アレルギー体質が関係することもあるが、原因はまだわかっていないものが多い。10歳以下の小児に多いが(もっとも多いのは6歳前後)、高齢者や中年以降の成人でも少なくない。滲出液の性質は小児では粘液性、高齢者では漿液(しょうえき)性が多い。症状は難聴(伝音難聴)と耳の詰まった感じのみで、耳痛がないので、小児では学校の成績が悪いとか、注意力散漫などと間違われていることがよくある。鼓膜はつやがなく、よく動かないのが特徴である。治療は滲出液排除で鼓膜穿刺や切開を行うが、小児では滲出液が膠(にかわ)のように粘りがあり、吸引器を用いても排出しにくいこともまれではない。しかも再発しやすい。再発予防には耳管通気を続けるとともに、耳管の周囲の炎症がおこっていることが多いので、鼻咽腔(いんくう)、咽頭、鼻腔、あるいは副鼻腔の炎症に対して適切な治療が必要である。ときにはアデノイドの切除が必要である。このように治療しても再発することも少なくなく、鼓膜に細いチューブを挿入したままにする(チュービング)こともある。このチューブは6か月前後入れておき、除去するのがよい。
慢性中耳炎は急性中耳炎から移行することがもっとも多い。自覚症状は耳漏と難聴で、鼓膜には種々の大きさや形の穿孔がある。穿孔が鼓膜の辺縁にかかっているときは真珠腫を形成している(真珠腫性中耳炎)ことが多く、合併症をおこしやすいので、手術が必要になることが多い。穿孔が中心性で辺縁にかかっていないのが普通の慢性中耳炎である。鼓室の粘膜が乾燥していても、それは炎症が完全に治癒しているのではなく、小康状態に入っているのにすぎないことが多い。かぜなどで容易に再燃して、耳漏の量が急に多くなる。これを慢性中耳炎の急性増悪といい、治療しないと合併症をおこすことがある。この場合の起炎菌は黄色ブドウ球菌や緑膿菌をはじめ多種多様で、2種以上の混合感染も少なくない。抗生剤の全身的あるいは局所的投与を行う。慢性中耳炎を完全に治癒させるには手術しかないが、鼓室形成術により聴力の改善も同時に期待できる。
[河村正三]
中耳腔の炎症性変化を総称して中耳炎とよぶ。急性中耳炎は風邪のときおこりやすく,耳と鼻の奥をつなぐ耳管を通じて細菌が入り,中耳粘膜の急性炎症をおこしたものである。激しい耳痛,耳閉塞感,ときに発熱があり,抗生物質の治療が有効である。痛みの激しいとき鼓膜を切開して排膿をはかることがある(鼓膜切開術)。切開すると痛みは軽くなり,切開部は数日で閉じる。子どもに多い病気である。
鼓膜に穴(穿孔(せんこう))があって閉じないときは,慢性中耳炎とよばれる。難聴と耳からの排膿(耳漏,みみだれ)がみられるが,痛みはほとんどない。鼓膜の穿孔だけの場合は慢性化膿性中耳炎,穿孔部から外耳の皮膚が中耳に入りこむと慢性真珠腫性中耳炎とよぶ。中耳に入りこんだ皮膚(これを真珠腫とよぶ)は,周囲の骨をしだいにこわす性質があり,髄膜炎や顔面神経麻痺などの合併症をおこすことがあり,化膿性中耳炎より危険が多い。炎症をおさえて耳漏を止めることは薬物の投与などでできるが,徹底した治療には手術が必要となる。中耳炎の手術の目標は二つで,一つは病変部を取り除いて耳漏を止めること。他の一つは聴力の改善である。慢性中耳炎の際の難聴は,大部分は音を伝える装置(鼓膜と耳小骨)の故障によるもので,音を感知する部分(内耳)の障害は少ない。したがって,真珠腫などの病変を取り除き,耳小骨の再建や鼓膜穿孔の閉鎖で聴力改善が期待できる。こうした耳の手術を鼓室形成術とよび,近年大いに発達した。病変の軽重,耳管の機能の程度により聴力改善の望めない場合もあるが,補聴器がこの場合うまく利用できる。
子どもや老人に多い中耳炎に,滲出性中耳炎とよぶものがある。軽い難聴と耳閉塞感があるが痛みはまずない。したがって子どもでは気づかれないでいることがあるが,返事が遅いとかテレビの音を大きくするなどから難聴が疑われる。原因は耳管の機能の障害で,中耳腔の気圧が陰圧となり,しだいに液体がたまってくる。小児では,肥大したアデノイドがあることも一因と考えられている。鼓膜に穿孔はないが動きが悪く,色調も変わり,聴力検査で難聴がわかる。治療は,中耳腔にたまった液体を除き,さらにたまることを予防することにある。液体の排除のために耳管を通して中耳に空気を入れたり(耳管通気法),鼓膜を切開して液を吸引して取り去る方法がとられる。切開部が閉じるとすぐまたたまる場合には,切開部が閉じないように,鼓膜チューブとよぶ合成樹脂製の小さなチューブを切開部にはめこみ,中耳腔に陰圧が生じないようにすることも行われる。アデノイドを手術で取ることもある。子どもでは年齢がすすむにつれこの疾患は減少し,成長とともに治る例が多い。
難治性の耳漏のある中耳炎で,結核菌が原因である場合があるが,まれな特殊な疾患で一般にはみられない。
執筆者:星野 知之
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…中耳腔が陰圧になると鼓膜はへこみ,軽い難聴や閉塞感がおこる。慢性中耳炎では鼓膜に穴(穿孔(せんこう))があり,手術でふさぐ必要がある。鼓膜に病気が限局してあるとき鼓膜炎とよぶが,耳からの排膿(耳だれ)がつづき,中耳炎と区別しにくい。…
…外耳道は,軟骨に直接皮膚がはった構造のため,皮下組織が少なく,炎症により膿汁がたまると軟骨膜と皮膚を刺激して強い痛みとなる。中耳の炎症(中耳炎)による耳痛では,同時に難聴が起き,大きな音の刺激で痛みが強くなる。中耳の炎症では,中耳に膿汁がたまり,鼓膜を刺激して痛みとなる。…
…乳様突起mastoid processは耳(耳介)の後方にある骨の突起であるが,この内側には中耳腔の一部(その形から蜂巣とよばれる)が広がっている。中耳に炎症がおこり,乳様突起の蜂巣にも炎症がおよぶと,単なる中耳炎より治りにくく,症状や治療法もかわってくるので,中耳炎と区別してこの名称がある。急性乳様突起炎(または乳突洞炎)では,急性中耳炎のあと鼓膜の穿孔(せんこう)から耳漏(耳だれ)が止まらず,耳のレントゲン写真で乳突蜂巣部に骨の変化がみられる。…
…外耳,中耳にも悪性腫瘍のみられることがある。 炎症性疾患には外耳炎,中耳炎がある。外耳炎のうちとくにおでき(耳癤(じせつ))は激痛を伴う。…
※「中耳炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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